朝倉かすみ「ほかに誰がいる」

mike-cat2006-10-08



肝、焼ける」の作者による、初の書き下ろし長編。
〝ほかに、誰がいる?
 わたしの心をこんなに強くしめつける存在が。
 何百万遍、いってもいい。ほかに誰がいる。あのひとのほかに。
 苦しければ苦しいほど、わたしの心は磨かれる。〟
1行1行読み進めるごとに、胸が苦しくなるような、恋愛模様が描かれていく。


十六歳で出会った、同い年のあのひと。
わたしが決めた、あのひとの愛称は「天鵞絨」。
〝わたしにとって、天鵞絨のすべてが美しかった。
 わたしは天鵞絨になりたいと、しんから願っていた〟
しかし、そんなわたしと天鵞絨の恋は、思うように進まない。
ひりひりするようなわたしの恋が、向かった先は−。


「肝、焼ける」の時の軽妙さやある種の諦観とは一線を画す、熱さに満ちている。
それは読み始めで、ちょっとした違和感を覚えるほど。
〝あのひとのことを考えると、わたしの呼吸はため息に変わる。
 十六歳だった。
 あのひとに出会うまで十六年もかかってしまったという気持ちは、後悔に少し似ている。
 眠れない夜よりも長いわたしのため息は、いつか、あのひとに届くのだろうか。〟
書き出しからして、もう読んでいるだけで火傷しそうになる。


若さゆえの、傲慢なまでのストイックさがとても印象的だ。
わたしたちだけの絆、ほかのひとにはわからない、この気持ち…的な、
ある種排他的な思い詰め方に、ひたすら圧倒されながら、読み進めることになる。
〝天鵞絨がわたし以外のひとと話すのを見たり、あるいは考えたりしただけで、
 からだが内臓ごと捩れそうになったものだった。〟
だから、わたしは、あのひとのために、血が出るくらいに体を磨き上げ、
ノートに「あのひと」と百回書き連ねる作業で、その思いを自ら体現していく。
「好きな男子」を〝白状〟しないと、天鵞絨に嫌われるから、
しかたなく作り話を口にしただけでも、自らを罰を課してしまう。
〝天鵞絨以外のひとに対して、好きということばを、たとえ使わなくても、
 そう思っただけで、わたしはわたしを罰しなければいけないのだった。〟


距離を置いてしまうと、何とも激しい、ひとりよがりな思い込みにも思える。
正直なところ、病んでいる、という表現の方が正確かもしれない。
だが、こんなに人を想うことができるのは、やはりかけがえのないことである。
切なさに苦しむ分も含め、恋愛の幸せさを存分に味わっている、ともいえるだろう。
この恋をバカバカしい、と流してしまうのも、決して間違いではないと思う。
だけど、こういう恋ができることに、うらやましさを覚えるのも確かなのだ。


さまざまな事件を経て、たどり着く結末は、何とも言い難い余韻を残す。
〝公園の真んなかに、お城みたいなものが建っている。
 三角屋根のてっぺんで、旗が風に揺れていた。
 わたしたちは、わたしたちのおうちに帰る。わたしは嬉しくて、だから、かなしい。〟
それで本当によかったのか、なんて決してわからない。
だけど、〝わたし〟が苦しんで、苦しみ抜いて、手にしたある種の幸せを、
世の中の常識で判断することはとてもできないような気がする。


おそらく著者渾身の作であろうことも、ひしひしと伝わってくるまさに力作。
1作目とガラッとスタイルを変えたその変幻ぶりに加え、
ともすれば陳腐にもなりえる題材を力強く描ききるその力に、思わず感心してしまう。
何だかますます、またこの次の作品が気になる、朝倉かすみなのだった。


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ほかに誰がいる
朝倉 かすみ著
幻冬舎 (2006.9)
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