松尾由美「九月の恋と出会うまで」

mike-cat2007-02-24



〝男はみんな奇跡を起こしたいと思ってる。
 好きになった女の人のために〟
松尾由美による書き下ろしファンタジー・ラブストーリー。
〝「雨恋」の作者が放つありえない恋の物語・第二弾〟
今回、奇跡の舞台となるのは〝エアコンの穴〟
〝魔法に導かれた彼女は、知らない恋に向かって歩き出す〟


旅行代理店に務める〝わたし〟は北村志織、27歳。
趣味の写真撮影が思わぬトラブルに発展し、
引っ越しを余儀なくされた〝わたし〟は、一風変わったアパートに転居する。
そこで起こった「マグカップ一杯分の奇跡」。
エアコンの穴から話しかけてきたのは、未来の隣人を称する男。
〝シラノ〟を名乗るその男が頼んできたのは、過去の自分の尾行だった−


〝ラスト2ページの感動〟を謳った「雨恋」は、
見事のひとこと、というか、ひたすらキューンと泣ける話だった記憶がある。
実は記憶がスカスカなもので、何となくしか覚えていないのだが…
そんな期待を胸に、新たな〝ありえない恋〟に挑んだのだが、
前作には及ばないものの、この作品もなかなかキュンとくる。
オビにもある〝男はみんな奇跡を起こしたいと思ってる〟がいい。
シラノ・ド・ベルジュラックを巧みに引用し、
あくまで女性を主人公にしながら、オトコの切ない恋心を絶妙の繊細さで描く。


時間ものファンタジーとしての設定のうまさにも感心させられる。
説明くささもさほど気にならないし、いわゆるタイムパラドックスも、
ふつうレベルのSF好きなら、矛盾を感じるようなこともないと思う。
オビに惹句を寄せている、あの大森望も、
〝時間SFとしても〜一級品〟と書いてるから、そうなんだろう。


ある〝奇跡〟を経験した〝わたし〟が、感じる違和感も興味深い。
〝自分が場ちがいな存在、闖入者のような気がした。幽霊になったような気がした。
 でなければプロデューサーの気まぐれで
 突然大きな役に抜擢された、身のほど知らずの大根女優のような。〟
〝世界そのものが「やり直し」をしている〟ような感覚。
まあ、実際にありえない出来事を描いている以上、想像の範囲は越えないが、
そうした〝奇跡〟に類したような出来事はなくもないわけで、
実際そうなった場合、同じような気持ちを味わったりするのだろうか、と思いを馳せる。


ミステリとしても、いい感じのツイストも効いていて、好感の持てる作品だ。
雨恋」の時も感じたことではあるのだが、
ミステリ・ファンタジー・ロマンスのバランスが非常にいい、というところか。
前述の違和感をめぐる始末についても、
やや甘めではあるけど、あくまでロマンティックにこだわってその方針を貫く。
だから、甘くってもいいや、と思って、その甘さに浸りたくなる。
というわけで、甘い恋がお嫌いでなければ、ぜひにお勧めしたい1冊なのである。
もっとも、これを過剰に感じる人はまあ、もっと序盤で、
この本に鼻白むような思いを感じているはずなので、
本そのものへの評価もずいぶん違う人がいるかもしれないことは書き添えておくが…


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九月の恋と出会うまで
松尾 由美著
新潮社 (2007.2)
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