ダフネ・デュ・モーリア「レベッカ」新訳版

mike-cat2007-05-31



〝貴族社会に紛れ込んだ若い女性のおどろき、ふるえる心。〟
かのアルフレッド・ヒッチコックによる映画としても知られる、
20世紀ゴシック・ロマンの金字塔が、新訳で登場。
〝名作が、いま新しい「わたし」の物語として蘇った。
  生誕100周年に結実した記念碑的新訳〟
村上春樹訳の「ロング・グッドバイ」や、ナボコフロリータ (新潮文庫)」など、
近年名作の新訳が次々と刊行される中、またも待望の作品が?復活?。
ヒッチコックが自身の映画(アカデミー作品賞、撮影賞受賞)でも描けなかった、
 ミステリアスでスキャンダラスな真実、ひたむきな愛の物語。〟


モンテカルロのホテルで〝わたし〟は、マキシムと出会った。
彼は、英国西部に壮麗な屋敷、マンダレーをかまえる大富豪。
1年前にヨット事故で前妻レベッカを亡くしていたマキシムだが、
〝わたし〟との結婚を決意、誉れ高きマンダレーへと、〝わたし〟を導く。
だが、その大邸宅は、レベッカの幻影に取り憑かれていた。
慣れないしきたり、そしてどこか頼りにならない夫、そして意地の悪いメイド頭…
〝わたし〟のこころは、次第に追い詰められていく―


いわゆる古典は、古くさい文章に手を焼く。
傑作とわかっていても、読んでいる最中、ノレないものでつねに敬遠しがちだ。
だから、こうやって新訳の形で紹介されるのは、毎度のことながら本当にうれしい。
新潮社さん、本当にありがとう。読む前の時点で、すでにそう思っていた。
だが、読み終わってみて、その感謝の気持ちは数十倍にも膨れ上がった。
もし、新訳が出ないでいたら、このまま読まずに終わっていたに違いない。
この、まさに「読まずに死ねるか!」な素晴らしい作品を…


〝わたし〟の物語は前半、じれったいほど苦々しい展開を見せる。
〝もしあなたが21歳で、いきなり貴族社会に紛れ込んだら……。
 下着からゴミ箱の中身までチェックされる生活になったら……。
 夫は「愛してる」とひとことも言ってくれなかったら……。〟
天涯孤独の〝わたし〟に、突如降ってわいたような、玉の輿。
だが、情けないほどおどおどした、自信に欠けた?わたし?にとって、
貴族の暮らしは、決して心地のよいものではなかったのだ。


その上、豊かな自然に囲まれたその屋敷は、幻影という名の亡霊に蝕まれていた。
美貌と教養、そして貴族の夫人としての素養をすべて兼ね備えた前妻レベッカの影。
レベッカを崇拝していたメイド頭のダンヴァーズ夫人、そして、周囲の好奇の目。
頼りになるはずの夫は、どこか冷たく、〝わたし〟を突き放す。
考えるだけでも、ゾッとするような状況である。
物語の前半は、そんな〝わたし〟の苦闘が、ねちっこいまでに濃厚に描かれる。
頼りにならない夫(まず、一番こいつが悪い)に、意地の悪い使用人…
一種の苛立ちすら感じるような、独特の恐怖といったらいいのだろうか。


この前半の息が詰まるような緊迫感と、閉塞感だけでもすでにとんでもない傑作なのに、
圧倒的なシフトチェンジを見せる後半、そしてクライマックスといったら…
作品中にも同じ表現が登場するが、
バラバラだったパズルのピースがつながっていく時の、その快感はもうたまらない。
前半で感じていたもどかしさが、これだけ心地よく昇華されるなんて、驚くしかない。
もう、ページをめくる手は、まさしく止まることを忘れてしまう。


そんなテンポのいい展開でありながら、
この作品を貫く、類い希なドラマ性はますます深みと奥行きを増していく。
〝わたし〟が欲しかった、〝たったひとつのこと〟。
それがもたらす、〝わたし〟とマキシム、そしてマンダレーを取り巻くすべての変化。
すべてが密接に絡み合い、怒濤のラストに向けて収斂されていく。
第一章で暗示された、凍りつくような結末へと、突き進んでいくのだ。


ただ、ひたすらの一気読みだった。
なぜ、この作品がゴシック・ロマンの金字塔と呼ばれるのか、その理由は明白だ。
70年の歳月を経て、いまもなお、この作品の輝きは何ら色褪せることがない。
まさにいまさら、なのではあるが、本当に読んでよかった、と実感できる大傑作。
こうしてレビューを書きながらも、いまだ興奮に包まれている。
最高に面白かった。それしか言いようのない、まさしく至高の1冊だった。


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レベッカ
レベッカ
posted with 簡単リンクくん at 2007. 5.31
ダフネ・デュ・モーリア〔著〕 / 茅野 美ど里訳
新潮社 (2007.5)
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