荻原浩「ママの狙撃銃」

mike-cat2006-03-22



山本周五郎賞受賞「明日の記憶」の荻原浩最新作。
〝世界の平和より、今夜のおかず〟
〝福田曜子はふたりの子をもつ主婦。
 夫の孝平は中堅企業のサラリーマン。
 ふたりは、ごくふつうの恋をし、ごくふつうの結婚をしました。
 ただひとつ違っていたのは…〟
奥さまは魔女、じゃなくて、スナイパーだったのです、というお話だ。


荻原浩、「明日の記憶」は確かにホロッときたのだが、
傑作「オロロ畑でつかまえて (集英社文庫)」「なかよし小鳩組 (集英社文庫)」みたいな、
荻原浩ならではの独特のユーモアも感じられなかったのも確か。
その後の作品も何となく「違うな…」という感じがして、ご無沙汰していた。
今回の作品はid:juice78さんによれば、久しぶりの荻原ワールド、とのこと。
設定的にも面白そうだし、こりゃ読まねばならんでしょ、ということで。


あらすじはオビの通り。
端的にいえば〝主婦版ゴルゴ13〟ということ。
そして、この小説の最大の魅力は、その曜子のキャラクターだ。
オクラホマで少女時代を過ごした曜子だが、いまはふつうの主婦。
私立女子中に通い出してから、どうも様子がおかしい娘と、
水泳が大好きで、どこでもシールを貼っちゃう5歳の息子、
人はいいんだが、どうにも頼りにならない夫と、
それなりに悩みは抱えつつも、ふつうに楽しい生活を送っている。
趣味はわずか3坪のガーデニング
枯れかけた花を剪定するたびに〝容色の盛りをすぎたとたん、
用済みとばかりに手折られてしまう花々に、四十一歳の女として肩入れしたくなる〟。


曜子にとって何より大事なのは家族だ。
こどものピンチには、とんでもない手法で対処してしまうあたり、
現実社会では行きすぎでしかなくても、
あくまで作品世界の中で、思わず応援したくなってしまう。
ちょっとネタバレになるが、
クソガキに対しては、クソガキに対してなりの対応がある、ということで…


そんな曜子のもうひとつの顔が、
銃社会アメリカでも、かなり特殊な環境で育ったが故の〝能力〟だ。
極大射程〈上巻〉 (新潮文庫)」「極大射程〈下巻〉 (新潮文庫)」の
世界最高峰スナイパー、ボブ・リー・スワガーを思わせる、描写の数々は迫力にあふれる。
それでいて、暗殺者としての葛藤や、標的に対する罪悪感なんかも背負っている、
という、まことに複雑極まるキャラクターであったりもするのだ。


その独特のキャラクターに加え、独特のユーモアたっぷりの文体で描かれる物語は、
かつて何もない田舎町や、ヤクザのイメージアップ戦略に悪戦苦闘した、
「オロロ畑〜」「なかよし小鳩組」を思い起こさせる、いかにもな荻原浩作品だ。
そこに、暗殺者としての曜子の葛藤、という苦味を加えたことで、
明日の記憶」などの系列の作品の味わいも加わった。
新境地、とまで書いたらほめすぎの感はあるが、
荻原浩の新しい代表作のひとつが生まれた、といっても過言ではない。
最近注目が集まる荻原浩だが、この作品をきっかけに、
過去の傑作に目が向けられることを切に願いたいな、と感じる今日この頃なのだった。

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