藤野千夜「主婦と恋愛」

mike-cat2006-05-26



ルート225 (新潮文庫)」映画化でちょいと話題の藤野千夜
ベジタブルハイツ物語」以来となる、1年ぶりの最新作。
ちなみに「夏の約束 (講談社文庫)」収録「主婦と交番」の続編、ではない。


〝夫といても、なぜか淋しい−
 夫婦の間に流れる何気ない思いやりや、ちょっとした不満&物足りなさ−
 そして偶然めばえてしまった夫以外の男性への恋ごころを、
 繊細で、しかも優しく笑える暖かさで描きました。〟
このオビを読んで想像するのは、不倫もの、だろうか。
だが、全然といっていいほど、中身は違う。
版元の小学館のセンスとやり口がうかがえる、見当違いの惹句なのだ。
もちろん、タイトル通り、恋ごころっぽいものは描かれるが、
このオビで想像するような、あんなことやこんなこと、は描かれない。
いや、想像したのが僕だけなら、それはそれで構わないけど…


ワールドカップが日本にやってきた2002年。
きっかけは、知人から譲られた札幌でのドイツ戦のチケットだった。
結婚して4年になる、高校の数学教師、忠彦と、6歳年下の31歳、チエミ。
札幌で知り合った26歳、ワカナちゃんと、カニ鍋会で知り合った、近所のサカマキさん。
4人は、ワールドカップのというお祭りの中、不思議な熱狂と微妙な興奮に包まれていく−。


主人公となるのは、サッカーには普通程度に興味のあるチエミ。
熱狂的なサッカーファンである忠彦、ワカナちゃんの姿を、傍目で眺めている。
夫にとりたてて不満はない。でも、何か足りないような気もする。
そんな日々に変化をもたらす、祭りと出逢い。
時に苛立ち、時に後ろめたさを感じつつ、チエミは祭りの興奮を味わっていく。


ちょっと醒めたチエミの視点が、何とも言えない雰囲気を醸し出す。
ワカナちゃんとの出逢いの場面。
パッと見20歳ぐらいのワカナちゃんに「こんな子も一人でサッカー?」とチエミ。
「ん、どの子?」と間抜けな声を出して探す37歳、忠彦にえげつないひと言を送る。
〝自分から話題を振っておいてなんだけれども、傍目には少し変態っぽい。
 そう指摘すると、夫はしばらく不機嫌になった。〟


で、そのワカナちゃんに声を掛け、「一人?」と尋ねる。
ワカナちゃんの返答はこう。
「あ、はい。友だち、誰もサッカー見てくれないす、
 あ、会社に一人、中村俊輔ファンがいるだけで」
〝綺麗な顔だちをした彼女の喋り方は思ったより雑で、そこがチエミには好感が持てた。〟
こんな感じで、お話は終始、チエミの醒めた視点から語られていく。
だが、その醒めた感じこそが、藤野千夜の独特の味わいをもたらしてくれる。


たった一カ月余のお祭りで、それまでまったく知らなかった、
ワカナちゃん、サカマキさんが、まるで馴染んだ様子となって、家で一緒にテレビ観戦している。
一番年下のワカナちゃんが「なんか私、このうちの子みたいじゃないですか?」
特別なお祭りの6月、その興奮でつながった家族。
忠彦にしてみれば、ワカナちゃんへの疚しい思いもあるだろうし、
チエミにしてみても、どこかサカマキさんに惹かれる思いも少しある。
だけど何だか、この4人の関係には、どこか淡い、独特の親近感が横たわっている。
そしてその祭りが去った後に、波のように引いていくその共感がまた、何だかいいのだ。


どこまでも淡い味わいの作品だが、いかにも藤野千夜らしい作品。
マイベストの「少年と少女のポルカ (講談社文庫)」には及ばないけど、満足度は高い1冊だ。
できれば、やや凡庸なタイトルも含め、
この、いかにも小学館的な手口でない形で刊行されれば、
もっとよかったのだけれど、まあそんなことをグチグチ言ってもしかたないし…
何はともあれ、久しぶりに〝藤野千夜〟を満喫したのだった。

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