アラン・ムーアヘッド「恐るべき空白 (ハヤカワ・ノンフィクション・マスターピース)」

mike-cat2005-05-07



僕の頭の中じゃないよ。そりゃ空白だけど、恐るるには値しない。
19世紀半ば、初のオーストラリア大陸縦断を果たした、
ロバート・オハラ・バークと、その若き相棒、ウィリアム・ジョン・ウィルズたち。
その過酷を極めた探検の様子をまとめたノンフィクションだ。
過去の名作ノンフィクションを再構成した、
ハヤカワ・ノンフィクション・マスターピースの第2回配本。
ちなみに第1回配本は二次対戦末期、
ヒトラーの魔手からパリを守った人々を取り上げた、
パリは燃えているか?(上) (ハヤカワ・ノンフィクション・マスターピース)」「パリは燃えているか?(下) (ハヤカワ・ノンフィクション・マスターピース)」。
20世紀最高のノンフィクションらしい。
こちらはそのうち、元気がある時に読みたいな、と。


原題は〝Cooper's Creek〟
メルボルンの遙か北、荒涼とした内陸部アウトバックに位置する、
エア湖に流れ込む、澱んだ水流だ。
「恐るべき空白」とは、このクリーク周辺を指す。
大陸縦断を果たしながら、帰路で力尽きた探検隊メンバーの墓標はここにある。
目の前すら見えなくなる激しい砂嵐、
すべてを焼き尽くすかのような強烈な日射し、
一瞬の雨もあっという間に乾き尽くす水不足、
そしてビタミン不足がもたらす壊血病
人を寄せつけない、過酷な自然との闘いは、もうそれだけで想像の枠を越える。
季節の変わり目の一カ月間、シドニーに滞在したことがあるが、
オーストラリアの気候は、正直あんまり人に優しくないな、という印象が残ってる。
僕のようなへなちょこは、あんな都市部でもけっこう傷んだ。
それがもう内陸部となったら、なんて考えただけで、ああ…。


しかし、この探検の恐ろしさは、それだけではない。
度重なる人為的なミスが、バークたちをさらなる地獄へと誘い込むのだ。
最近、そんな事故が尼崎付近であったと思うが、
つくづく人間というものの不完全さというか、本質的な情けなさを感じる。
人為的なミスは、まず隊長のバーク自身の無謀さに由来するものも多い。
ほかの探検隊の進行状況など、プレッシャーもあったろうが、
真夏の盛りにろくな準備もなく〝突撃〟していってしまうような無計画さに加え、
独断専行的なやりかたが、一部メンバーとの深い対立を呼び込む。


その上、このバーク、部下にも恵まれない。
というか、結局見る目がないんだから、自業自得ともいえるが…。
支援部隊を整備し、先行するバークらを追うはずの部下は、
何カ月もバカンスよろしく後方で待機してみたり、
命からがら帰り着いた後方基地は、
信頼していた部下がすでに帰路についた後の抜け殻だったり…。
本拠地メルボルンの探検委員会すら、
状況把握がユルく、状況判断がユルく、対策もユルい。
本の終盤は、探検が生み出したさまざまな犠牲について開かれた、
査問委員会の様子なんかも紹介されているが、
犠牲者が聞いたら、あまりの憤りに言葉を告げられなくなりそうな証言が相次ぐ。


そう、このエピソードは、
過酷な自然と、人間の弱さが生み出した悲劇であり、ドラマなのだ。
読んでいるとホント、のちのち脚色されたんじゃないか、と思うほど、
多様な出来事の数々が探検を彩っている。
バークをはじめ、登場人物たちも弱点だらけの人ばかりだから、
感動という言葉を使うには、だいぶ違和感はあるのだが、
とにかく圧倒され続けるような、ドラマの連続なのだ。
読み応え十分。こころのかなり奥底にまで達するような衝撃が、そこにある。
巻末エッセイで椎名誠が、「のちの人生を方向づける本」について語っているが、
この本で人生変わった人もいるだろうな、というのは僕も同感だ。


しかし一方で、つくづく感じるのは、人間、特にヨーロッパ人の恐ろしさ、だ。
本の冒頭で、ヨーロッパ人が入植するまでの大陸の様子が描かれているが、
入植を契機に、大陸は大きく様変わりしていく。
さまざまな動植物が絶滅し、人間の都合に合わせて形を変えていく。
過酷な自然より、もっともっと恐ろしいのは、結局人間さまだったりする。
その上、ヨーロッパ人独特の、ヨーロッパ中心史観。
1788年、最初の白人入植者が訪れた時のことをこう、表現する。
〝大陸のこの南東の隅に、目ざめの時がおとずれた〟
おい、大陸はとっくに目覚めてるし、おまえらは闖入者だ。
アメリカ大陸を〝発見〟したり、オーストラリア大陸を〝発見〟したり…
http://d.hatena.ne.jp/mike-cat/20050426
で紹介した、「エリザベス・コステロ」から、ふたたび引用する。
〝十七世紀以来、ヨーロッパというものは、世界中に癌のように広がってきた。〟
この言葉、ホント頷けるな、とあらためて思う次第だ。


そんなこんな、で、様々な想いを抱かせる、傑作ノンフィクションを堪能したこの二日間。
やはり、多少とっつきにくくても、
たまにはノンフィクションを読むべきだな、とまたも実感した。
この際、家にため込んでいるノンフィクション、
勢いを駆ってガーッと読むのもいいかもしれない。
ま、ここまで書いてもやっぱり小説に手を出すだろうな、というのは、
火を見るより明らかだったりもするのだが…