芦原すなお「わが身世にふる、じじわかし (創元推理文庫)」

mike-cat2007-02-05



ミミズクとオリーブ (創元推理文庫)」「嫁洗い池 (創元推理文庫)
に続く、久々&待望のシリーズ第3弾!
〝讃岐の味に彩られた、台所探偵の名推理〟
青春デンデケデケデケ (河出文庫―BUNGEI Collection)」の直木賞作家による、
ほのぼの系安楽椅子探偵もののミステリ連作だ。


讃岐出身の〝ぼく〟は八王子郊外に居を構える作家。
自慢の妻の、自慢の手料理を楽しもうとすると、
大学時代からの悪友で、刑事の河田警部が必ずやってくる。
そんな河田のお目当ては、料理だけでなく〝ぼく〟の妻の推理だった−


ストーリーの基本線はもう決まっている。
妻の手料理→匂いをかぎつけ河田登場→舌鼓を打ちつつ、難事件を相談
→〝ぼく〟が冗談でまぜかえす→妻、たしなめる→推理&捜査&解決→
そして、シリーズのタイトルでもある、庭のオリーブの木にとまったミミズクが「ぽーぽー♪」
ある意味、マンネリを越えたマンネリで展開するのだが、これがなかなかくせになる。


まず目を引くのは、〝ぼく〟の妻による、讃岐の郷土料理の数々だ。
冒頭の「ト・アペイロン」で登場する、
エビと野菜を煮た具を混ぜ込む、田舎風のちらし寿司(バラ寿司)、
小ぶりのカレイをスルメにみたいに干したデビラ(でべら、ともいう)に唾を溜めたら、
あとはその味を想像しながら、その物語世界に浸り込む。


表題作「わが身世にふる〜」の朝食も最高だ。
〝菜は青ネギ入りの卵焼きに、キュウリのぬか漬け、
 自家製の塩昆布(これは出汁をとった昆布をとっておき、
 ある程度集まったところで酒、味醂、醤油で煮たものだ)、
 そして郷里の白味噌を用いた、豆腐とザク切りワケギの味噌汁である。〟
たとえ讃岐の生まれじゃなくても、もうたまらない。
〝人はこれ以上何を望むか、とも言うべきコンビネーション〟とはよくいったものだ。


ほかにもソラマメのちらし寿司や、採ったばかりの銀杏を入れた茶わん蒸し、
ワケギの芥子酢味噌和え「わけんぎゃい」、
そんなほっとする味わいを想像で楽しむと、供されるのが河田警部の持ち込む謎。
そのミステリ&謎解きもなかなか悪くないのだが、
それを説明する際の、〝ぼく〟と河田警部の掛け合いがまた楽しい。
この河田警部、登場するたびに新しい署に移動している、
という優秀なんだがダメダメなんだかよくわからない刑事で、
それへの突っ込み&言い訳なんかも、毎度毎度あきもせずに展開されていく。
ユルくてヌルい、そんな雰囲気が何とも味わい深い、連作シリーズなのだ。


ぐうたらな夫〝ぼく〟と、良妻賢母的な妻の関係に、
ファンタジーというか、郷愁なんかを匂わせている部分は否定できないだろう。
その気になれば、古くさい性役割の押しつけ、と切り捨ててしまうこともできる。
ただ、そうした部分を考慮に入れても、この作品の味は捨てがたい。
奥さんの料理に免じ(筋違いか?)、目をつぶって作品を楽しめばいいと思う。


読んでいるうちに、黒門市場(近所にある〝大阪の台所〟)にでも出かけて、
美味しい食材を買ってきたくなる、そんな美味しそうな1冊。
先日の「グルメ探偵と幻のスパイス (ハヤカワ・ミステリ文庫)」に続き、グルメ・ミステリを堪能したのだった。


Amazon.co.jpわが身世にふる、じじわかし