恩田陸の「夜のピクニック」

いい本ですよ♪



体調が改善に向かってきたので、ようやくことし最初の本を手に取る。
本の雑誌が昨年ベスト1に選んだこの作品。
なるほど、だ。ダテに〝本読み中の本読みたち〟が選んだベスト1じゃない。
抜群に面白いし、こころに響く。切なくって、熱くなる、極上の青春小説だ。
「ふぅ」だの、「ほぉ」だのと感心しながら、ほぼ一気読みしてしまった。


高校最後のイベント、〝鍛錬歩行祭〟。
何時間かの休憩を挟んで、まる一日ただただ歩き続ける。
トラブルで中止になった修学旅行の代わりに始まった、ともいわれるこのイベント。
一種の通過儀礼として、高校生たちのこころに刻み付けられていく。
小説は、ひたすら歩き続ける高校生たちの会話をつづっていく。
正妻と愛人をそれぞれ母に持つ、異母兄姉の西脇融と甲田貴子。
その二人を中心に、それぞれの想いや、悩みが描き出されていく。


初っぱなからけっこうじわっと来る。いい感じの部分がある。
歩行祭が終わってしまえば、もうこのコースを走ることもないんだな。
 融はなんだか不思議な心地になった。
 当たり前のようにやっていたことが、ある日を境に当たり前でなくなる。
 こんなふうにして、二度としない行為や、二度と足を踏み入れない場所が、
 いつの間にか自分の後ろに積み重なっていくのだ。
 卒業が近いのだ、ということを、彼はこの瞬間、初めて実感した。」
ううん、思い出すなぁ、というやつだ。
何てコトない、ちょっとしたタイミングでこういう思考にとらわれることがある。
もう、ここには戻れないんだな、とか、センチメンタルな気持ちが広がる瞬間だ。
人生のはかなさとか、まで考えが及び出すと、もうダメだ。
いろんな思考が、頭の中を駆け巡っていく。
そんな感触を、冒頭のこの描写で思い出させられてしまった。


思い悩ませられる場面もある。
〝青春〟してる人たちを見て、貴子がつぶやく。
「やっぱり、いるんだねえ、そういう人」。
貴子の考え方ではこうだ。少し長い引用になるが
「あたしたちの〝人生〟はまだ先だ。
 少なくとも大学にはいるまでは、あたしたちの〝人生〟は始まっていない。
 暗黙のうちにそういうことになっている。
 進学校というレッテルの箱に入ってる今は、全ては大学進学の準備が基本にあって
 〝人生〟と呼べるだけのものに専念できる時間はほんの少ししかない。
 せいぜいその空き時間を利用して、
〝人生〟の一部である〝青春〟とやらを味わっておこう、と思うのが精一杯である。」


小学校から高校が一貫教育で、
大学受験もロクに準備せずに迎えた僕なんかにとっては、すごく切なく響く。
ここでいう〝人生〟の定義は曖昧だが、いいたいことは何となくわかる。
すべては、大学に入るまでの我慢、ということだろうが、
高校では高校時代ならでは、のことがあるはずだし、
大学では大学時代ならでは、の楽しみや経験すべきことがある。
高校は準備、大学は楽しみ、にだけ費やすのって、とてもいびつな状況だと思う。
こういうやりかたって、結局〝人生〟を味わうことなく、
目の前の何かをこなしていくだけで、流されていく生き方だと思うが、
どうなんだろか、などと、悩んでしまう。でも、それが多数意見なのかもしれないし…


でも、その答えは小説の中である程度示される。よかった、安心したよ。
無駄を省いて、早く〝人生〟に飛び込んでいきたがる融を、親友の忍が諭す。
「あえて雑音をシャットアウトして、さっさと階段を上りきりたい気持ちは、
 痛いほど分かるけどさ。……
 だけどさ、雑音だっておまえを作ってるんだよ。
 おまえにはノイズにしか聞こえないだろうけど、このノイズが聞こえるのって、今だけだから、
 あとからテープを巻き戻して聞こうと思った時にはもう聞こえない。
 おまえ、いつか絶対あの時きいておけばよかったって後悔する日が来ると思う」
無駄な部分も含めて、その時にしか味わえない感情を、体験しておく。
僕もこれ、大事だと思う。
人生なんて、そう簡単に理屈だけで割り切れるわけではない。
数式だけ、理論だけでは計算しきれないからこそ、人生は複雑で、面白い。
もちろん、完ぺきな理論もあるのかもしれないけどね。
でも、そういう無駄を省き続けるのって、味気ないと思うし、人生に広がりもないはずだ。
何だかいいなあ、なんて思いながら、読み進める。


その後も、歩行祭は続く。
歩くだけだが、そこに仕掛けられた、さまざまな設定も、ドラマを盛り上げる。
融の想い、貴子の想い。「どうして?」と憤り、「そうだったんだ…」と納得する。
さまざまな想いが、からみあい、忘れられない思い出になっていく。
融の悩みが氷解し、貴子の賭けは成功する。そんな瞬間のことだ。
アメリカに留学し、ことしの歩行祭に参加できなかった杏奈の言葉が、貴子の頭をよぎる。
「みんなで、夜歩く。ただそれだけのことがどうしてこんなに特別なんだろう。
 そうだね、杏奈。不思議だね。貴子は杏奈にそう答えていた。
 並んで一緒に歩く。ただそれだけのことなのに、不思議だね。
 たったそれだけのことがこんなに難しくて、こんなに凄いことだったなんて。
 … 
 やけに世界が明るく感じられる。なんだか眩しい、と融は思った。
 世界は広くて、とっても眩しい」。
特別な瞬間を生きている、二人だからこそ感じられる、不思議な感覚。
この小説は、それを再生し、疑似体験させてくれる。
まるで、自分の思い出のような、切なくってキュンとなる。
オビにある「新作にしてすでに名作。必読!」のコピー。
なるほど、である。きょう2度目。
いい本で、新年のスタートを切れた。いや、ホントよかった♪