森功「黒い看護婦―福岡四人組保険金連続殺人 (新潮文庫)」

mike-cat2007-07-13



〝戦慄の犯罪ドキュメント〟
久留米市で起こった、看護婦仲間による、
連続保険金殺人を再現した犯罪ドキュメンタリーだ。
女王のように振る舞う1人の女と、3人の下僕、
医療知識を駆使し、次々と脅迫、そして殺人を犯した4人組。
何が彼女らを、冷酷な犯罪に走らせたのか―


〝福岡県久留米市に住む元看護婦らが引き起こした
 犯罪史上類を見ない連続保険金殺人――は、
 まるで安普請の小説の書き割りを背に演じて見せたような事件である。
 捉えどころのない、ヌルリとした奇妙な感覚が残る反面、
 その冷酷な犯行は世を震撼させた。〟


和歌山カレー事件の林真須美を始め、保険金殺人はそう珍しくない。
むしろ、あの林真須美の強烈なキャラクターが印象に残るあの事件と比べ、
この「黒い看護婦」事件は、さほど強く記憶には残っていなかった。
しかし、この週刊新潮「黒い報告書」を読むような、
犯罪ドキュメンタリーを読んでみると、やはりその強烈な犯人像が心に焼きつく。


安普請の小説、とあるが、まさしく、素人による安普請な物語だ。
そんなことで人を殺すのか、そんなことで人がだませるのか―
小説でこれを読んだら、とてもじゃないが、読んでいられない。
それくらい、この犯人の安直さは、群を抜いている。
いかにも社会病質者らしい、身勝手ぶりは、喜劇的ですらある。


しかしこれ、(多少の脚色はあれど)現実にあった事件なのである。
加害者も被害者も、バカじゃないか、と笑ってはいけない。
現実に、こうやって人をだまし、人を殺めた人間がいるのである。
活字で読む限り、不思議でならないのだが、
現実にこういう人間が身近にいたら…、と思うと、
もしかしたら、自分だって騙され、殺されてしまうかもしれないのである。


それにしても、この事件に登場する人物は、どいつもこいつもものすごい。
主犯格の吉田純子にしてみても、
よく親の顔が見たい、というが、まさしくそれに当てはまる。
犯罪そのものは本人の問題ではあるけど、この親にして…、と思わず言いたくなる。
もともと子どもにも社会病質者の素養はあったのだろうが、
それを増幅するような、バランスを欠いたしつけと教育、そして家庭環境。
さらには、明らかに異常な生活を続ける娘に対しても、
まるで知らなかったかのような口ぶりで振り返る、その無責任ぶり。
こちらも、読んでいて呆れるばかりの愚かさが、強烈な印象を残す。


そして共犯の女たち。
吉田純子の強烈さに引きずられていく彼女たちには、
一種の被害者めいた感情も存在しているようだ。
しかし、弱さに、そして甘さにつけ込まれ、
脅しや殺しに手を染めた彼女らはある意味、吉田純子以上に罪が重いはずだ。
何しろ、本来は止めることができたはずなのである。
だが、自らの弱さから犠牲を他人に求めた。
罪を罪と感じられない純子と違って、罪の意識を感じながら。


しかし、さらに考えるのは、保険金殺人の発覚率のことだ。
この事件にしても、発覚したのは、欲をかいて仲間割れに発展したから。
もうほんの少しうまくやっていれば、のうのうと世の中を渡っていけたはずなのだ。
よく、日本の警察は誘拐の検挙率は100%、とのたまうが、
あれと同じで、うまくやった犯人は、失敗した犯人の何倍もいるのではなかろうか。


そんなことをつらつらと考えていくと、つくづく後味の悪い事件でもある。
本自体、文章はあまり巧いとは思えないし、
構成もそこまで練りに練られた感じはない、というのが正直なところ。
それでも、この事件の強烈さに引っ張られ、夢中で読んでしまう。
そして残る、いや〜な余韻。
読んでよかったのか、それとも…。やや複雑な感覚なのだった。


Amazon.co.jp黒い看護婦―福岡四人組保険金連続殺人