桜庭一樹「赤朽葉家の伝説」

mike-cat2007-01-22



〝「少女には向かない職業」の俊英、ついに本領発揮!〟
桜庭一樹の最新作は、戦後から現代まで、
時代のうねりの中で駆け抜いた3人の女を通じた年代記
〝祖母。母。わたし。 だんだんの世界の女たち〟
赤朽葉万葉、毛毬、そして語り手の〝わたし〟瞳子
鳥取の旧家に生きる三代の女たち、
 そして彼女たちを取り巻く製鉄一族の姿を描き上げた渾身の雄編〟
読み始めたら、もう止まらない。
いうならば桜庭一樹版「百年の孤独」。ついに大傑作の登場だ。


中国山脈の麓に位置する、鳥取県の紅緑村。
いにしえの時代、朝鮮半島から、
製鉄技術〝たたら〟をたずさえ、この地に流れ着きいた赤朽葉家。
時は、戦後の復興期、そして高度経済成長の時代。
紅緑村は、だんだん畑のような山合の一番上に、
〝上の赤〟として君臨する、製鉄業の赤朽葉家と、
造船業を営む〝下の黒〟黒菱によって繁栄を謳歌していた。
その赤朽葉の家に嫁いできたのは、
〝辺境の人たち〟サンカの血をひく万葉。
彼女は、人に見えないもの、そして未来が見える〝千里眼奥様〟だった−。


〝赤朽葉万葉が空を飛ぶ男を見たのは、十歳になったある夏のことだった。〟
ファンタジックな響きに導かれ、始まる物語は、三部建ての構成。
赤朽葉万葉を主人公に、戦後から高度成長期、
そしてオイルショックまでを描いた「最後の神話の時代」では
〝この国の歴史、そして現代産業の縮図のよう〟な時代のうねり、
繁栄を無邪気に信じられた時代からその転落までの、光と影を描く。


丙午生まれの万葉の娘、
毛毬を主人公にした「巨と虚の時代」では、
経済成長の反動だった、翳りの頃を脱し、
バブルに踊った80年代、そしてその崩壊までを描く。
豊かな時代を当たり前のように享受し、
実際の世界で、強い男の〝巨〟が朽ち倒される中、
フィクション〝虚〟の世界に生きた少女たち。
レディースとして戦いに明け暮れた毛毬の青春と、華麗な転進の物語だ。


語り手でもある〝わたし〟赤朽葉瞳子、が登場するのが「殺人者」。
21世紀に生きる赤朽葉瞳子自身には、
〝語るべき新しい物語はない。ほんとうに、なにひとつ、ない。〟
「足りていない」と確信し、「満足できない」と毎日のように思いながら、
一方でそれを戒める〝時代の声〟に押しつぶされてしまう、不遇の時代。
叫びたくても、なにを叫んでいいかもわからない、不安の時代を生きる〝わたし〟が、
祖母万葉が言い残した、ある秘密をめぐって、奔走する。


喜び、哀しみ、諦観に焦燥…、
すべての感情を内包した、赤朽葉の女たちの人生は、
それぞれの時代を映し出す圧倒的なスケールと、
細やかな感情描写を兼ね備えた、濃厚な物語に仕上がっている。
哀しい宿命を背負わされた不遇の長男、泪ら赤朽葉の一族だけでなく、
万葉の幼馴染みの黒菱みどり、不可視の女でもある〝寝取りの百夜〟、
〝空飛ぶ男〟ら製鉄所の職工たち、毛毬のグループのマスコット、チョーコ、
かつて地元の星として甲子園のマウンドを踏んだ、瞳子の恋人ユタカ…
脇役たちも眩しいばかりの輝きや、光を吸い込むような翳りに満ちている。
この魅力。読んでいる自分まで思わず、
彼ら、彼女らと同じ時代を生きるような気持ちで、作品世界にのめり込んでしまう。


これだけつらつらと書いておいて何だが、
この小説を語るのに、よけいな言葉はいらない。そんな気もする。
ただひたすら読むしかない。そして、赤朽葉の女たちと時代をともにすればいい。
笑い、泣き、時にしみじみ、時にハラハラしたひとときを過ごし、
そして迎えるラストでは、何ものにも変えがたい、味わい深い余韻が残される。
読み終えるのがもったいない、もう一度読み返したい。
そんな気持ちすら感じられる、素晴らしい作品に出逢えた喜びに浸れるはずだ。


Amazon.co.jp赤朽葉家の伝説


bk1オンライン書店ビーケーワン)↓

赤朽葉家の伝説
桜庭 一樹著
東京創元社 (2006.12)
通常24時間以内に発送します。