浅田次郎「月下の恋人」

mike-cat2006-11-11



〝不器用だけど、生きてゆく。〟
〝人を想い、過去を引きずり、日々を暮らす。
 そんなあなたを優しく包む、浅田次郎待望の最新刊〟
短編の名手、浅田次郎が5年をかけて書き綴ったという、最新短編集。
もっとも昭和が昭和らしかった時代から、平成初期への変わり目まで、
貧困から抜け出し、バブルに踊り、不況にあえいだ人々の人情、恋情を描く11編。


すべてを失った男に届いた謎の手紙から始まる「情夜」、
義父への複雑な想いを描いた「告白」、
お化け屋敷での奇妙な体験を綴った「適当なアルバイト」、
傍若無人なチンピラと、司馬遷の奇妙な符合を描いた「風蕭蕭」、
忘れられない思い出の痼りをもみほぐす「忘れじの宿」、
素性を明かさない婚約者の秘密に振り回される「黒い森」、
運命が変わるときに現れる、不思議な紳士にまつわる打ち明け話「回転扉」、
永い春を乗り越えたふたりが遭遇する不思議な体験を描いた「同じ棲」、
一度は捨てた故郷で、不思議な車載ナビに導かれる「あなたに会いたい」、
死を覚悟した若い男女が、宿で遭遇した光景を綴る「月下の恋人」、
思いつきの一人旅で出会ったある男女、実は…という「冬の旅」。
いわゆる奇譚、といった体裁の短編はどれも、独特の風合いを持っている。


だが、率直にいうと、そこまでグッとくる話はあまりない。
巧さは確かに感じるのだが、もうひとつ、こころには響いてこないのだ。
あやしうらめしあなかなし」の時にも書いたが、やはり「鉄道員(ぽっぽや) (集英社文庫)」「天国までの百マイル (朝日文庫)」なんかのイメージがある以上、これではどうも物足りない。
あのレベルをいつも要求するのも酷だとは思うが、
こういう技巧に走ったような短編を読まされると、どうしても不満はわいてくる。


婚約者の抱える秘密が何なのか、
そのブラックな感触にドキドキさせられる「黒い森」なんて、その極致ともいえる。
何しろ、その秘密を明かすことはなく、読者に結論を放り出すのだ。
確かに、そういう読者に委ねるやりかたがあることは知っている。
読んだ人、それぞれが答えを探してくれれば、みたいなことだろうか。
しかし、散々焦らしておいて、肝腎の部分を放り出されては、読む方はたまらない。
浅田次郎自身、アイデアがわかなくて誤魔化したんじゃないか、
と、うがった見方もしたくなろうというものだ。


「あなたに会いたい」にしたって、あまりに男に都合のいい結末に愕然とする。
その程度であきらめる女なら、そこまでして会いたがるのだろうか。
ちょっと奇妙な話、にしても、どうにも整合性に欠けるような気がしてならない。


次の短編こそ面白いはず、と読み進めていっても、
終始そんな感じの肩透かしの連続で、11編は終わってしまった。
まあ、前回のこともあったから、あまり期待しすぎないようにはしていたが、やはり残念。
巧い文章を読みたいのではなく、面白い、泣かせる小説を読みたい。
巧さはあくまで、面白い、泣かせる小説を生み出す素材に過ぎないのに…
またまた生意気ながら、そんな感想を覚えたのだった。