アリステア・マクラウド「彼方なる歌に耳を澄ませよ (新潮クレスト・ブックス)」

mike-cat2005-03-25



冬の犬 (新潮クレスト・ブックス)」「灰色の輝ける贈り物 (新潮クレスト・ブックス)」のマクラウド唯一の長編だそうだ。
でも、マクラウドならではのテイストは、物語を通して脈々と感じられる。
一編一編、新たに物語の設定やその世界を頭の中で想像する短編より、
ある意味浸りやすいし、いいかもしれない。
ズシンと読み応えはあるが、物語にずっぽりと入り込める一冊だ。


スコットランドの高地から、カナダ東岸のケープ・ブレトン島に移民したハイランダー
赤毛のキャラム・ルーアとその一族「クロウン・キャラム・ルーア」を描いた、年代記だ。
テイストはやや違うが、すぐお隣のニューファンドランドを舞台にした
E・アニー・プルー港湾ニュース」とも通じる、
気の長くなるような時間の流れと、人間の暮らしの描写がたくみに織り込まれた物語だ。
映画でいえば、「ゴッドファーザー」と同様の壮大なサーガでもある。


物語の語り部はアレクザンダー・マクドナルド。
幼少時代「ギラ・ベク・ルーア」(赤毛の小さな男の子)と呼ばれていた。
オンタリオ州南西部で歯科を営む〝わたし〟が、
現在トロントに住む兄キャラムのもとを訪ねる。
いまは廃人となった兄、そしてふたごの妹との交流と、
祖先たちのたどってきた道のりが、モザイクのように組み合わされながら、語られていく。


1777年、新世界に向けて旅立つ、キャラム・ルーアたちの話は、
さまざまな物語と共通のモチーフだが、やはりこころを打つ。
スコットランドでの抑圧の歴史を胸に、海を渡る。
巻末の解説でくわしく説明されている、
ハイランダーたちの歴史を読んでおくと、感慨はまたひとしおだ。
ここら辺も気が利いていて、とってもいい本だと思う。


で、船で漕ぎ出した時に、犬が出てくるのだ。
過酷な船旅に連れて行くことができないと思い、人に世話を頼んだ犬が、
異変を感じて砂の上を転がり回りながら、不安そうにクンクンと鳴く。
それでも、船を漕ぎ出すと、あとを追って泳ぎ出す。
いかにも、犬らしいエピソードが、これまた泣かせる。
帰れといっても、もちろん聞かない。
冷たく濡れそぼった体で、懸命に船を追って、波間を泳ぎ続ける。
「情が深くて、がんばりすぎるすぎる犬」なのだ。
この忠実さなんかが、僕は痛々しくて犬を飼えなかったりするのだが、
小説とかでこういう犬が出てくると、もう何が何だかわからなくなる。
この犬の子孫はその後も登場するが、
これまた「情が深くて、がんばりすぎる」のだ。ううん、辛い。


考えてみれば、このキャラム・ルーアの一族も、
ある意味で犬のように「情が深く、がんばりすぎる」人たちなのだ。
だから、過酷な環境をはね返し、新たな土地での生活を組み立てていく。
後半の多くの部分を占める、兄キャラムと働いたウラン鉱でのエピソードも、
これまた圧倒的な重みを持って、読者のこころに迫ってくる。
他民族との諍いは、ハイランドを逃れても、やはりついてくる。
フランス系労働者との争いの末、起こった事件には、
人生の過酷さを、またも実感させられるような気持ちになる。


そうした紆余曲折を経て、いまは裕福な歯科医として暮らす〝わたし〟が、
罪の意識なのか、どこか空虚さを感じているような描写が、
物語に、何ともいえない、苦い味わいを醸し出す。
そして、最後に兄とともに旅立つ、故郷ケープ・ブレトンへの巡礼。
何がどう感動なのか、うまく表現できないのが残念でならないが、
見たこともないはずの光景が、頭の中に浮かび、
その感慨が、深くこころに染み入ってくる。


滑稽さがところどころ入り交じる「港湾ニュース」と比べると、
ちょっと切なさが勝ってしまうのは何だけど、
とても、いい作品だったな、と満足して本を閉じる。
まあ、やはり新潮社クレストのクオリティの高さそのままだ。
多少敷居は高いけど、ぜひいろんな人の読んで欲しい、珠玉の一冊だった。