カルロス・ルイス・サフォン「風の影 (上) (集英社文庫)」「風の影 (下) (集英社文庫)」

mike-cat2006-08-30


〝世界37カ国で500万部突破!〟
〝「忘れられた本の墓場」で偶然見つけた『風の影』が、
 少年ダニエルの運命の本となる。
 謎の作家フリアン・カラックスの過去は
 都市バルセロナの暗い記憶と深く結びついていた。〟
いまちょっと話題のスペイン・バルセロナ発のミステリー。
〝物語の形をとった文学と読書愛好家への熱い賛辞〟
ここまでいわれたら、単なる乱読(濫読)家としても放っておけない。


1945年、内戦の傷痕に苦しむフランコ独裁政権下のバルセロナ
旧市街で稀覯本専門の古書店を営む父に連れられ、
10歳の少年ダニエルは、「忘れられた本の墓場」へ足を踏み入れる。
不思議な幾何学模様に彩られた闇の教会堂《バシリカ》で、
ダニエルは偶然、1冊の運命の本と巡り合う。
地元バルセロナ出身の無名の作家、フリアン・カラックスの「風の影」。
物語に引き込まれたダニエルは、謎に満ちたカラックスの過去をたどる。
いつしか、ダニエルは「風の影」をなぞるような運命へと巻き込まれていく−


一気読み必至、とはこのことだろう。
とにかく、シビれるぐらいの魅力に満ちている。
ロバート・ゴダードの傑作「千尋の闇〈上〉 (創元推理文庫)」「千尋の闇〈下〉 (創元推理文庫)」「惜別の賦 (創元推理文庫)」を思わせるような、
いくつもの悲恋と、哀しき宿命に彩られた壮大なタペストリーのような物語は、
一度読み始めたらもう、とてもじゃないが途中でやめられなくなる。
不遇の作家にまつわる謎がひとつ解ける度に、新しい謎が浮き上がる。


運命に翻弄されつつも、少年から青年へと成長していくダニエルを始め、
カラックスの本を残さず焼き捨てる「顔のない男」に、
憎悪に満ちた人生を送る狂気の刑事、内戦の後遺症に悩む人々…
数え切れないほどの魅力的な登場人物にあふれた物語でもある。
カタルーニャの美しき情景や、本への深い愛情も、
全編にわたって散りばめられ、ドキドキしつつも、深い感慨に浸ることのできる傑作だ。


ひとつのキーワードともなる、記憶と忘却をめぐるストーリーも、
冒頭の忘れられた本たちだけでなく、さまざまな登場人物の思い、
そして戦争の苦痛を忘れることの恐ろしさに至るまで、ていねいに綴られる。
特に、端役すら忘却の彼方に追いやらない、
登場人物たちへの愛情あふれる後日譚の描写には、思わず涙が出そうになる。
物語の最後の方で、ある登場人物が語る言葉だ。
「どうか、わたしを覚えていてください、ダニエル、
 たとえ、あなたの心の片すみでもいい、隠れた場所でいいのです。
 どうか、わたしを行かせないでください」
それはまるで、心の中の「忘れられた本の墓場」を指しているかのようでもある。


そして、本好きをシビれさす言葉は、それこそ冒頭からポンポンと飛び出す。
「忘れられた本の墓場」で、父がダニエルに語りかける。
「ここは神秘の場所なんだよ、ダニエル、聖域なんだ。
 お前の見ている本の一冊一冊、一巻一巻に魂が宿っている。
 本を書いた人間の魂と、
 その本を読んで、その本と人生をともにしたり、それを夢見た人たちの魂だ。
 一冊の本が人の手から手にわたるたびに、そして誰かがページに目を走らせるたびに、
 その本の精神は育まれて、強くなっていくんだよ。
 〜
 一冊の本が世間から忘れさられてしまうと、〜その本が確実にここに来るとわかるんだ。
 もう誰の記憶にもない本、時の流れとともに失われた本が、
 この場所では永遠に生きている。それで、いつの日か新しい読者の手に、
 新たな精神が行きつくのを待っているんだよ」
現実にあるものならば、この「墓場」に何としても入ってみたい。
そして、運命を待つ本に出会ってみたい、と、想像が膨らんでいってしまう。


ある登場人物の口を借りた、この言葉も忘れがたい。
〝本を読むという行為がすこしずつ、だが確実に消滅しつつあるんじゃないかと言う。
 読書は個人的な儀式だ、鏡を見るのとおなじで、ぼくらが本の中に見つけるのは、
 すでにぼくらの内部にあるものでしかない、
 本を読むとき、人は自己の精神と魂を全開にする、そんな読書という宝が、
 日に日に稀少になっているのではないかと〟
テレビ全盛の時代から、ネット時代への変遷の中で、
ある意味、活字は復活しつつあるとはいうが、
「本を読む」という行為の意味が、社会全般において薄くなっている感は否めない。
サフォンは、ノスタルジーを交えながら、そんな風潮に警鐘を鳴らしているのだ。


深い余韻と感動に浸りつつ、訳者あとがきを読むとうれしいニュースも。
〝サフォンは「忘れられた本の墓場」をめぐる〈人物再登場〉の手法で、
 本書を含む四部作の創作をめざしている〟そうで、
現在執筆中の作品は、アントニ・ガウディの時代のバルセロナが舞台だとか。
いまから、刊行が楽しみでならないのは、僕だけではないはずだ。


Amazon.co.jp風の影〈上〉風の影〈下〉


bk1オンライン書店ビーケーワン)↓

風の影 上
風の影 上
posted with 簡単リンクくん at 2006. 8.31
カルロス・ルイス・サフォン著 / 木村 裕美訳
集英社 (2006.7)
通常24時間以内に発送します。
風の影 下
風の影 下
posted with 簡単リンクくん at 2006. 8.31
カルロス・ルイス・サフォン著 / 木村 裕美訳
集英社 (2006.7)
通常24時間以内に発送します。