乃南アサ「風の墓碑銘」

mike-cat2006-08-31



刑事・音道貴子シリーズの最新作では、
凍える牙 (新潮文庫)」の音道・滝沢の名コンビが復活する。
名コンビといっても、読んだ方はもちろんご存じ〝犬猿の仲〟である。
長身で生真面目な堅物女性刑事(バツイチ)の音道と、
ペンギンかアザラシを思わせる体軀の中年男で、女性蔑視の権化の滝沢。
シリーズの原点とも言えるコンビの再登場となったわけだ。


東京の下町、墨田区東向島の住居跡から、白骨死体が発見された。
隅田川東署の刑事、音道は、同僚の玉城刑事とともに捜査に当たることとなる。
なかばボケてしまった大屋を訪ね、老人ホームへ通う毎日。
そんなある日、大屋の老人が公園で撲殺死体となって発見される。
急遽設置された捜査本部には、警視庁捜査一課から金町署に異動した滝沢がいた。
再び相棒となった音道と滝沢は、以前の苦い反目の記憶を胸に、捜査に当たるが…


第1作から通じて、このシリーズでは、
いわゆる〝男社会〟での女性の孤独な戦いがひとつのテーマとなっている。
直木賞受賞のシリーズ第1作で滝沢は、犯人と並ぶ音道の敵でもあったし、
その後も男社会で味わう不理解ややっかみ、そしてセクハラの図式は変わりない。


だが、今回は旧敵にして女性蔑視の権化、
滝沢と音道は反目し合いながらも、「凍える牙」の終盤以上に理解を深める。
相も変わらず音道にとって滝沢は、どうにもつき合いづらい女の敵、
一方、滝沢にとっての音道も、やたらのっぽのかわいげのない刑事に変わりはない。
だが、そんな中でも二人の呼吸は、さらに冴え渡っていく。
他愛のない反発から、ぴったりと息を合わせた相棒ぶりまで、見どころは多いのだ。


ある事件が崩壊させた家族の悲哀や、死んだ者が抱いたであろう無念など、
犯罪被害者の二重三重の悲劇を描いた、「風紋〈上〉 (双葉文庫)」「風紋〈下〉 (双葉文庫)」「晩鐘〈上〉 (双葉文庫)」「晩鐘〈下〉 (双葉文庫)
の作者らしく、丹念に描いているところも、読み応え十分に仕上がっている。


エンタテインメントとして単純に見るなら、
事件そのもののパンチ力やオビにある「信じがたい」結末あたりはやや弱い気もする。
シリーズならではの安定感はあっても、圧倒的なパワーは感じられない。
それでも、やはり一度読み出してしまったら、
乃南アサの巧さと、音道・滝沢のキャラクターに引っ張られ、もう止まらない1冊。
物語の季節は暑い夏。去りゆく夏を惜しみながら読むのも、悪くないかもしれない。


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風の墓碑銘(エピタフ)
乃南 アサ著
新潮社 (2006.8)
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