瀬尾まいこ「温室デイズ」
〝戦うのは、逃げるよりもつらいけど。
まだ、あの場所で頑張れる。〟
学級崩壊、校内暴力、そしていじめ…
学校という名の温室に潜む黒い影の中で、
必死でもがき続ける少女たちを描く、瀬尾まいこ最新作。
〝この温室のどこかに、出口はあるのだろうか−〟
〝ひりひりと痛くて、じんじんと心に沁みる。
「幸福な食卓」の気鋭が贈る、とびきりの青春小説!〟
いじめに加わってしまった小学校時代を恥じるみちる。
だが、さらに荒廃の進んだ中学校では、こんどはいじめを受ける側に回る。
まっすぐ向き合うみちるを見るのがいたたまれず、不登校となる優子。
小学校時代の経験が、優子をいじめから、そして学校から逃避させる。
守られているけど居心地の悪い場所から、逃げ道を探るふたりの少女の物語−
瀬尾まいこの小説といえば、さらりさらりとした文体に、
主人公の前向きさが相まって、さわやかな印象も強いのだが、
常にその裏側には、自殺衝動であったり、こころの傷であったりが潜んでいる。
そして、この小説は、その裏側が序盤から、前面に押し出されていく。
冒頭の場面。飛び交う紙飛行機、そして押しピン…
みちるが学級崩壊の兆しに、警戒感を示す。
〝始まりの合図だ。もうすぐ崩れだす。
この兆候を見逃すとだめだ、今なら簡単に元に戻せる。
だけど、今手を打たないと、取り返しがつかないことになる。
この後は割と速い。
元に戻すには半年以上かかるけど、崩すのには二週間とかからない。〟
学級崩壊、そして陰湿ないじめに加担した苦い記憶が甦る。
今ならまだ間に合う。その想いはみちるを駆り立て、そして自滅に追い込んでいく。
無視され、陰口を叩かれ、持ち物は隠され、さらには暴力…
だが、みちるは逃げない。疲弊しながらも、立ち向かっていく。
苦い記憶は優子にもあった。
いじめが与える甚大なダメージ…
もう、自分がいじめられる側には回りたくない。だが、いじめには加担できない。
〝苦しむみちるを見ることに耐えられなければ、みちるを救うこともできない。
何一つ方法がない。無理だな、そう思った。
もうこんな場所にはいられない。私は教室にいることをやめにした。〟
いわゆる保健室登校、不登校、カウンセリング…
逃げ続けることのできる、温室の中のどこかで、優子はもの思う。
ドロップアウトした生徒にとことん優しい義務教育の矛盾、
家の裕福さで明確な差が出始める高校進学という関門。
温室に浸かりきっていては見えてこない何かに、気付いていく。
もがくふたりにかすかに差し伸べられる手、そして出会い
あっさりと生徒への熱情を否定する臨時教員の吉川、
有能で使えるパシリを自認し、自ら進んでパシる斎藤君
自分の中の何かと戦い続ける〝不良〟のボス、瞬ら、
さまざまな人たちとの関わりが、みちるを、そして優子を少しずつ変えていく。
だからこそ、卒業に際し、みちるは思う。
〝中学校生活は嫌なことばっかりだった。
今日で解放されると思うと、本当にほっとする。
この日を毎日心の底から待っていた。もう二度とあんな空間に戻りたくない。
だけど、その中で生まれたものもきっとある。
あの教室で最後まで過ごしたことを、少しだけ誇りに思う。〟
居心地の悪い温室でも、みちるは間違いなく成長を遂げたのだ。
陰惨な描写こそあるが、
根底には「こうであったらいいのに」「こうであるべきなのに」という理想論が横たわる。
もちろん、現実のいじめや学級崩壊は、そんな甘くない、と一刀両断することも簡単だ。
実際の現場はもっと陰惨で、もっと悲劇的な場合も少なくないだろう。
勇気を持って立ち向かって、逆の結果になることもあるだろう。
だが、だからこそ、こういう理想を信じたい、という気持ちを物語に込めているともいえる。
いじめや学級崩壊を増長させる最大の要因でもある、
あきらめや無関心で、こころを麻痺させないで欲しい、というメッセージでもあるのだろう。
だからこそ、甘さは承知の上で、
ふたりの少女に起こった小さな奇跡を、優しい気持ちで見守りたい。
そんな気持ちにさせられてしまう、これまたいかにも瀬尾まいこらしい、小説なのだった。