スキ・キム「通訳/インタープリター」

mike-cat2007-04-14



〝痛ましくも美しい通訳の肖像に心打たれずにはいられない。〟
韓国系の女性通訳を主人公にした文芸ミステリー。
〝往年のロス・マクドナルドを思わせるような戦慄に満ちたミステリ〟
〝文化の狭間に異邦人として生きることを問う〟
移民であること、そして通訳であること。
ミステリーの緊迫感を保ちつつ、その哀切を情感たっぷりに描く。


スージー・パークは韓国系の29歳。
NYで通訳として法律関係の通訳を務める女性だ。
年の離れた大学教授との不倫の末、選んだ道は逃避行、そして家族との断絶…
ブロンクスで食料品店を営んでいた両親は暗殺され、
姉グレースとの関係も、思春期以降屈折したまま、疎遠になってしまった。
毎年の命日に届く、母の愛した花、アイリス―
そんな折、突然姉が消息を絶った。
その行方を探るうち、スージーは両親暗殺の真相に迫っていくのだった―


タイトル通り、主人公スージーの職業、通訳の特性がストーリーの中心となる。
日本食レストランのウェイトレスにナイトクラブのホステス、
インターネットの営業、芸術家のモデル、原稿整理にコピーライター…
数々の仕事を経て、最後にたどり着いたのが通訳だった。
宣誓証言の通訳の場では、その通訳の特性が顕在化する。
弁護士は遊び場の子供たち。いじめっ子もいれば、不機嫌な子供もいる。
速記者は道化役。必要のないコメントを差しはさみ、佳境でインクや紙不足を巻き起こす。
そして通訳は黒子である。
〝大切なのは目立たないこと。部屋にいる人の中で、通訳者だけが真実に耳を傾け秘密を守るのだ〟


紹介業者との契約は、証人とのおしゃべりを禁じている。
〝通訳者は証人と敵対する側の法律事務所に雇われるのが常である。
 証言の翻訳を必要としているのは敵側の事務所なのだ。
 証言するために喚問された英語の知識のない証人は、決まって通訳を救いの神と考えてしまう。
 ところが通訳の方は、たとえ心の中で韓国語を喋る同胞に同情していても、いつも敵のために働いている。
 スージーが好きなのは、この特異性である。
 両陣営とも彼女を絶対に必要としている。しかし実際はどちらの側にも属していない。〟


その通訳としての特性はそのまま、
韓国人でもなく、アメリカ人でもない〝移民1・5世〟たるスージーとダブる。
バイリンガルであるということ、多文化であるということは、
 ひとつの心にふたつの世界をもたらすに違いないが、
 スージーにとっては、虚ろさが永遠に続くことを意味していた。〟
一種の文化の裏切り者であることを運命づけられた、スージーが、
両親暗殺の真相を探る中で突きつけられる、もうひとつの裏切りが何とも切ない。


常に苛立っていた父親。そんな父にひたすら服従する、卑屈な母親…
韓国人としての因習に囚われながら、アメリカで生きる矛盾が家族を蝕む。
それは英語をしゃべれない移民性閉じこもり症候群だけではない。
〝最終的な答えは韓国。彼らのあらゆる不満、貧困、
 そしてニューヨーク周辺に散らばるスラムを
 果てしなくさまよう理由はひとつ、彼らが祖国を捨てたからだ。〟


子供の頃のひっきりなしの引っ越し、
思春期を境に訪れた、美しき姉グレースとの不仲、
そしてスージーの不倫が招いた親との断絶…
最後にかわした言葉は、売春婦とののしった父に対し、
「あなたの娘になんて生まれたくなかった!」
ふつうのアメリカ人として生きたくてもままならない、悲哀が胸を打つ。


ミステリーとしての要素も、なかなかに興味深い。
物語が進む中で、次第に明らかになる、両親の暗殺事件。
〝弾丸は二発だけ。銃は正確に二度発射され、ふたりの心臓を貫通した。〟
なぜ、両親は撃ち殺されたのか―
真相は、文化の狭間に生きる者たちの哀しい運命の中にあった。


決して読みやすい作品ではないのだが、一度ノッてきたら、もう止まらない。
韓国系米国人という、小説ではなかなか読めない設定が、
もともと味わい深いドラマに、一風変わった風合いを加える。
なかなか手を出しにくい面もあるが、それでも一読の価値あり、といいたい佳作である。


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通訳 インタープリター
スキ・キム著 / 国重 純二訳
集英社 (2007.2)
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