有川浩「塩の街」
〝自衛隊三部作の「陸」にもあたる 有川浩の原点、登場。〟
著者最新刊は、「電撃文庫」収録作のハードカバー化。
〝第10回電撃小説大賞<大賞>受賞作にして、
「図書館戦争」シリーズでおなじみの有川浩デビュー作。
本編大幅改稿、番外編短編4編を加えて大ボリュームで登場。〟
塩に蝕まれた世界で繰り広げられる、熱い青春ロマンスだ。
時は、塩が世界を埋め尽くす「塩害」の時代。
次々と人を結晶化していく塩が、街を飲み込み、社会を崩壊させていく。
10歳の年齢だけでなく、生い立ちも、生活環境すらかけ離れた秋庭と真奈。
出逢うはずのない2人は、そんな世界でめぐり逢った。
しかし、2人の小さな世界には、次々と闖入者が現れる。
重い荷物を背にひたすら海を目指す男、
滅びゆく世界で暴力に身を委ねるもの、崩壊したモラルに浅ましく生きていくもの…
だが、諦念に支配された世界で、それに抗うものたちも、確かにいた―
人を結晶化させ、街を白く染め上げる〝塩〟…
J・G・バラードの「結晶世界 (創元SF文庫)」を思わせる設定と、
有川浩お得意の月9ドラマっぽい、照れちゃうぐらいの青春ロマンス。
一見奇抜そうでいて、実は相性抜群だったりするところが何とも憎い。
塩害を通して見えてくる世界観の、なかなかのトガり具合も、
いい感じにゴツゴツとした風合いと、一種不安を抱かせる揺れ幅があって、
読んでいるこちらまで、ドキドキしてくるような、新鮮な感覚に満ちている。
あとがきにある、単行本化までの経緯が面白い。
「大人にもライトノベルを分けてくれよ」の方針と、
電撃文庫の方向性の違いが悩ましかった、電撃小説大賞の選考当時のエピソードや、
応募当時→文庫化→単行本化の過程においての、
いくつかの設定の違いや、加筆、削除の改稿の解説は、
物語を読み終えた後に、また新たな、ちょっとした驚きを与えてくれる。
誰かに優しくするとき、ぶっきらぼうになってしまう秋庭と、
余計なものに引っかかる、道端に転がる何かを捨てておけない、でも、頑固な真奈。
2人の主人公のキャラクターは、ちょっとベタでも、愛さずにはいられない。
そんな2人の織りなす、焦れったくって、照れくさい恋愛模様。
「わがままでも身勝手でもいいんです。
あたし、世界がこんなふうになっちゃってよかったって――
だって世界がこんなことになってなかったら、
あたし秋庭さんに会えなかったから、
だから、秋庭さんに会うためにこんな世界になったんだったら、
それがどんな世界でも許容してみせる。」
「何とかなるかどうかは分からない。
けれど、少なくとも自分が手を伸ばす自由はある。
手は動くのだ、自分が伸ばそうさえ思えば。
たとえ、それが届かなくても。
――恋は恋だ。」
果てしなく甘い愛の言葉には、一種の麻薬のような危険な吸引力が潜む。
そんなふたりの恋が、世界の危機と結びついたときに起こる、ひとつの奇跡。
でも、愛が世界を救うではない。
あくまで救いたいのは、愛するあの人。その身勝手な、愛の尊さが沁みるのだ。
物語のテンポもいい。冒頭の一編から、もう没頭してしまう。
「街中に立ち並び風化していく塩の柱は、もはや何の変哲もないただの景色だ。」
長い長いタイトルに戸惑う暇もなく、
読み始めて30ページあまりで、もう涙、涙…
あとはもう、ただただラストまで一気読み、という面白さだ。
番外編として収録されたスピンオフ、「塩の街、その後」は、
作戦を終えた秋庭と真奈が、少年ノブオとの出会う「旅のはじまり」、
本編に登場する野坂夫妻のなれ初めを描く「世界が変わる前と後」、
これまた本編で登場の入江が主人公の「浅き夢みし」、
そしてお待ちかね、秋庭と真奈のその後を描く「旅の終わり」の4編。
最後の最後まで、この物語を味わわせようとする、
ありがたい限りの、著者のサービス精神に最敬礼してしまいたくなる。
「図書館戦争」シリーズからのファンももちろんのこと、
「電撃文庫」でもう読んだファンも、読まずにはいられないはず。
あらためて、大人にもライトノベルをくれてありがとう、と感謝感謝の1冊なのだ。