有川浩「塩の街」

mike-cat2007-06-13



自衛隊三部作の「陸」にもあたる 有川浩の原点、登場。〟
著者最新刊は、「電撃文庫」収録作のハードカバー化。
〝第10回電撃小説大賞<大賞>受賞作にして、
 「図書館戦争」シリーズでおなじみの有川浩デビュー作。
 本編大幅改稿、番外編短編4編を加えて大ボリュームで登場。〟
塩に蝕まれた世界で繰り広げられる、熱い青春ロマンスだ。


時は、塩が世界を埋め尽くす「塩害」の時代。
次々と人を結晶化していく塩が、街を飲み込み、社会を崩壊させていく。
10歳の年齢だけでなく、生い立ちも、生活環境すらかけ離れた秋庭と真奈。
出逢うはずのない2人は、そんな世界でめぐり逢った。
しかし、2人の小さな世界には、次々と闖入者が現れる。
重い荷物を背にひたすら海を目指す男、
滅びゆく世界で暴力に身を委ねるもの、崩壊したモラルに浅ましく生きていくもの…
だが、諦念に支配された世界で、それに抗うものたちも、確かにいた―


人を結晶化させ、街を白く染め上げる〝塩〟…
J・G・バラードの「結晶世界 (創元SF文庫)」を思わせる設定と、
有川浩お得意の月9ドラマっぽい、照れちゃうぐらいの青春ロマンス。
一見奇抜そうでいて、実は相性抜群だったりするところが何とも憎い。
塩害を通して見えてくる世界観の、なかなかのトガり具合も、
いい感じにゴツゴツとした風合いと、一種不安を抱かせる揺れ幅があって、
読んでいるこちらまで、ドキドキしてくるような、新鮮な感覚に満ちている。


あとがきにある、単行本化までの経緯が面白い。
「大人にもライトノベルを分けてくれよ」の方針と、
電撃文庫の方向性の違いが悩ましかった、電撃小説大賞の選考当時のエピソードや、
応募当時→文庫化→単行本化の過程においての、
いくつかの設定の違いや、加筆、削除の改稿の解説は、
物語を読み終えた後に、また新たな、ちょっとした驚きを与えてくれる。


誰かに優しくするとき、ぶっきらぼうになってしまう秋庭と、
余計なものに引っかかる、道端に転がる何かを捨てておけない、でも、頑固な真奈。
2人の主人公のキャラクターは、ちょっとベタでも、愛さずにはいられない。
そんな2人の織りなす、焦れったくって、照れくさい恋愛模様


「わがままでも身勝手でもいいんです。
 あたし、世界がこんなふうになっちゃってよかったって――
 だって世界がこんなことになってなかったら、
 あたし秋庭さんに会えなかったから、
 だから、秋庭さんに会うためにこんな世界になったんだったら、
 それがどんな世界でも許容してみせる。」


「何とかなるかどうかは分からない。
 けれど、少なくとも自分が手を伸ばす自由はある。
 手は動くのだ、自分が伸ばそうさえ思えば。
 たとえ、それが届かなくても。

 ――恋は恋だ。」


果てしなく甘い愛の言葉には、一種の麻薬のような危険な吸引力が潜む。
そんなふたりの恋が、世界の危機と結びついたときに起こる、ひとつの奇跡。
でも、愛が世界を救うではない。
あくまで救いたいのは、愛するあの人。その身勝手な、愛の尊さが沁みるのだ。


物語のテンポもいい。冒頭の一編から、もう没頭してしまう。
「街中に立ち並び風化していく塩の柱は、もはや何の変哲もないただの景色だ。」
長い長いタイトルに戸惑う暇もなく、
読み始めて30ページあまりで、もう涙、涙…
あとはもう、ただただラストまで一気読み、という面白さだ。


番外編として収録されたスピンオフ、「塩の街、その後」は、
作戦を終えた秋庭と真奈が、少年ノブオとの出会う「旅のはじまり」、
本編に登場する野坂夫妻のなれ初めを描く「世界が変わる前と後」、
これまた本編で登場の入江が主人公の「浅き夢みし」、
そしてお待ちかね、秋庭と真奈のその後を描く「旅の終わり」の4編。
最後の最後まで、この物語を味わわせようとする、
ありがたい限りの、著者のサービス精神に最敬礼してしまいたくなる。


図書館戦争」シリーズからのファンももちろんのこと、
電撃文庫」でもう読んだファンも、読まずにはいられないはず。
あらためて、大人にもライトノベルをくれてありがとう、と感謝感謝の1冊なのだ。


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塩の街
塩の街
posted with 簡単リンクくん at 2007. 6. 9
有川 浩著
メディアワークス (2007.6)
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