福井晴敏「Op.ローズダスト(上)」「Op.ローズダスト(下)」

mike-cat2006-03-26



終戦のローレライ 上」「終戦のローレライ 下
以来3年半ぶり(4年ぶり?)の最新長編。
短編集「6ステイン」をパスしたので、
僕自身もかなり久しぶりの福井晴敏作品ということになる。


赤坂のインテリジェンスビルで、大規模な爆弾テロが勃発した。
殺されたのは、元防衛庁調査課の水月聡一郎。
通称「放射能抜きの核爆弾」〝TPex〟を開発したアクトグループの重役だった。
数年前に大規模テロを引き起こした新興宗教、神泉教の残党か、それとも北か−。
警視庁は公安四課の並河次郎警部補、
そして防衛庁情報本部、通称〝ダイス〟の丹原朋希三等軍曹に調査を命じる。
しかし、赤坂の事件はあくまでほんの序章に過ぎなかった。
テロリスト集団の本当の目的が明らかになった時、臨海副都心が震撼する。
戦後ニッポンが体験する、もっとも長い一日が始まった−。


オビにある〝ひとつの言葉、ひとつの命、ひとつの希望を共有した二人の少年。〟
その二人の邂逅、そして再会が作品の大きな軸でもあり、
〝ぼく〟の一人称で語られる二人の過去〝オペレーションLP〟の事件が、
テロの原点となり、そして物語の大きなテーマともなっている。


青年(少年)たちの、ヒリヒリするほどの真っ直ぐさが、
組織、そして政府の抱える矛盾や優柔不断さの中で弄ばれていく。
そして、志を同じくするものたちが殺し合わねばならない悲劇−。
こういった構図は、「川の深さは (講談社文庫)」「亡国のイージス」など過去の作品とも共通だ。
公安警察の窓際族、通称〝ハムの脂身〟として登場する並河警部補なんかも、
「川の深さは」に登場する元警官なんかと相通じるというか、そのまんまだったりする。
組織の論理に押しつぶされ、大事な人間を失い、気概を失ったベテラン警官が、
真っ直ぐな若者と相対することで、触発され、かつての自分を取り戻す。
わかりやすいといえば、そこまでだが、やはりグッとくるテーマであることは間違いない。


いわゆる〝憂国の小説〟であるところも、過去の福井作品同様だ。
〝21世紀、未来を失った国に「新しい言葉」は生まれるか。〟
国益」「主権」「国家」「自由」…どれも手垢がつき過ぎて、
その言葉を用いても単なる思考停止につながるだけの〝古い言葉〟。
何か、新しい言葉で未来を語っていくことができないのか、というのがひとつの主張。
そして、借り物の平和を怠惰に無責任に過ごす国民への告発も、これまたお馴染みだ。
「平和主義って口にしながら、一朝有事になると主権だ国家だって騒ぎ出す。
 一晩で三割が七割になる国。昨日までの自分を簡単に捨てられる国民たち。
 ローズダストのファイナル・ターゲットはそういったものをのさばらせているこの国の状況そのものだ」
そして憂国の士は立ち上がり、哀しみを胸に、テロという最終手段に至る−。


じゃあ、今回の作品の特徴って何だ、と考えると、
「9.11」という世界を変えた事件と、その後の混乱を受けての視点、
そしてその中でどう日本は在るべきか、みたいな主張が、
これまでの作品をはるかに越えるレベルで、強硬に描かれている点だろうか。
冷戦構造からの脱却ができないまま、いまだに米軍頼りの国防に疑問を投げかけ、
平和のための再軍備を訴えるあたりは、いかにもな福井晴敏節だが、
その主張のために割いた行数、枚数たるや、これまでの作品の比ではない。


つまり、率直にいって長すぎる。
意見そのものは、まあひとつの意見として面白く読ませてもらうのだが、
そればっかりを投げかけられても、こちらはエンタテインメント小説を読みたいわけで、
その娯楽性や、小説としてのテンポすら犠牲にしてのメッセージ性の強さには、うんざりもする。


テロが実施される過程での、武器や戦闘場面の描写が、
これまで以上に濃ゆく感じられるのも、そのせいなのだろうか。
そこまで細かく描写されても、兵器オタクじゃないからな…の感は否めない。
下巻のオビには〝もはや映画化不可能!〟と書いてあるが、
むしろ、映画化、映像化を視野に入れた、詳細な場面描写であるような気もしてならない。


もちろん、小説としてのクオリティは決して低くないとは思う。
だが、今回の作品に限っては、メッセージ性や戦闘描写ばかりが勝ってしまって、
福井晴敏一流の泣かせのドラマがいまひとつ弱い気がする。
泣ける場面自体がこれまでの作品と比べてもだいぶ少ないし、
やるせなさ、切なさみたいなウェットな部分がどうにももの足りない。
すっかり大物作家になって、編集者のコントロールが効かなくなったからだろうか。
福井晴敏が書きたいことだけを書き殴った、というイメージの作品でもある。


ちょうど多忙な時期と重なって、読む時間が十分取れなかったせいもあるのだが、
何となくノレなかった一冊(いや、上下巻だが…)。
政治的なメッセージがどうこう、というつもりもないが、タカ派の論文読んでいるワケじゃない。
やっぱり小説の部分をもっと大事にして欲しかったな、という気がする。
小説の出来がよければ、
その分伝えたいメッセージだって、きちんと伝わるんだけどな…、
と寂しい思いを残し、本を閉じたのだった。

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