誉田哲也「ストロベリーナイト (文芸)」

mike-cat2006-03-29



朱川湊人、笹本稜平、香山二三郎のコメントの横に、
〝傑作エンターテインメント小説の登場だ!
  これはすごいぞ。むちゃくちゃおもしろいぞ。〟
思えば、この惹句に覚えた〝微妙な感じ〟を信じるべきだった。
〝むちゃくちゃおもしろいぞ〟ってあんた、子どもじゃあるまいし…


表紙を開くと、いきなりこんな言葉が待っている。
〝目をえぐられた女 切り裂かれるその喉元 噴き出す鮮血
        −あなたは これを 生で 見たい ですか〟
見たくないです、というか、ううん、この本いったい何? という感じ。
せめて表紙を開いてから買えばよかった、と後悔の念が強まる。


葛飾水元公園の溜め池で見つかった、謎の惨殺体。
のどを切られて殺害されたその死体には、
みぞおちから股関節に達する切創に加え、全身にガラス片が残されていた。
犯人の目的はいったい何なのか−。
捜査が進行していく中で、驚くべき事態が明らかになっていく。
果たして「ストロベリーナイト」の正体とは−。


警察組織という男社会で苦闘を続ける女性刑事、という小説なら、
乃南アサ凍える牙 (新潮文庫)」が代表的な作品だといっていいだろう。
シリーズ作品ともなった音道貴子というヒロイン自体の強烈な個性と、
警察組織という一種異様な世界との邂逅が、絶妙なドラマを生み出している。
この「ストロベリーナイト」のヒロインも、
警視庁捜査一課でノンキャリアとしては異例のスピード出世を遂げた27歳、姫川玲子。
若い女で、殺人犯の刑事で、主任警部補。当然、自分より年上の部下もいる。
 周りには「試験勉強は得意のお嬢ちゃん」と陰口を叩く者も少なくない。
 一つしくじれば、男の三倍も四倍も評価を落とす。
 「それ見ろ、試験と現場は違うんだ」と、聞こえよがしに言われる。〟
こころに傷を抱えた女性、という意味でも、さらにカブるキャラクターといっていいだろう。


だが、この小説はどこか薄い。
女性作家と男性作家の違い、とかいう部分を越えて、どこか薄い。
あくまで傍目から見た女性刑事、という視点から、もう一歩踏み込んだ感情描写が感じられないのだ。
だから、作品で描かれる題材と、女性刑事のドラマという接点がどうにも少ない。
だから、女性刑事を主人公にもってきた理由が、単なる〝客寄せ〟にも思えてくるのだ。


ミステリーとしても、そう感心できた作りとは思えない作品だ。
かなり序盤から展開が〝見えてくる〟割に、
終盤で一気に加速する展開は、どうにも無理が感じられる。
なぞの人物〝僕〟の一人称で語られる、スプラッタな描写も正直あまり必然性を感じない。
センセーショナリズムだけに傾いた、悪趣味な描写にしか思えないのだ。
サイコ・スリラーブームの火付け役でもあるトマス・ハリス羊たちの沈黙 (新潮文庫)」のような、

残虐性のレベルではなく、その方向性といったらいいのだろうか。
人間の原罪としての残虐性とかではなく、嗜好性としての残虐描写に感じられるのだ。
それは、人類と宇宙のムシのグチャグチャ大戦争を描いた、
スターシップ・トゥルーパーズ」を、生涯のベスト5に挙げる僕ですら、
あまり気分のいい描写には感じられなかった。


まあ、さらさらと読み流すには、そこまで悪くない小説だ。
少なくとも読んでいて、退屈するようなことはないだろう。
しかし、読み終わって残る感慨はほとんどないし、後味は極めて悪い。
もう少し何とかならなかったのか、という思いばかりが募るのだった。

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