垣根涼介「君たちに明日はない」

mike-cat2005-06-07



これぜエンタテイメント!の傑作「ワイルド・ソウル」は面白かったけど、
「リストラを題材にした作品っていうのはどうもなあ…」
と思っていたら、山本周五郎賞受賞だと。
むむむ、三浦しをん私が語りはじめた彼は」を抑えての受賞、と聞くと、
ミーハーな僕としては、読んでみるしかない。


主人公、村上真介の職業は、リストラ請負人。
といっても、法律上、指名解雇はできないから、
依頼先の企業が提示してきたリストラ候補たちと面接し、
「いま、退職を受け容れれば、こんなに有利」と条件を提示して、
自己都合退職を〝勧告〟する。実に微妙なさじ加減の仕事だ。
もちろん、イヤな仕事でもある。
この不況の世の中とはいえ、
本当にやむなし、のリストラはそう多くないだろうし、
そうしたリストラでも、個人の能力とは別のものさしが使われることも多いだろう。
だから、そうしたズルさを〝カネをもらって引き受ける〟部分もある。
当然、読者として感情移入するまでのハードルは、けっこう高い。


だが、この小説の村上真介は、
ある意味ドライに、ある意味論理的に、
被面接者が取り得る各選択肢について、リスクとリターンを説明する。
恨みを買うことを恐れ、リストラすら外注する雇用側の、
単なる手先には甘んじないことで、ぎりぎりの倫理観を保つ。
だから、リストラという不愉快な物語の中でも、
何とか真介と感情をシンクロさせていくことができるのだ。


真介の人物描写そのものも、微妙でもある。
語弊のある言い方ではあるが、年増好き。
小説の冒頭でリストラ候補となる8歳歳上の41歳、陽子に惚れて、
仕事としては一応、越えてはならない一線を越えてしまう。
その他もろもろの行動を見ても、
いい意味でも、悪い意味でもロクデナシといえるキャラクター。
かなり、好みは分かれるところだろうが、
この題材の中では、活きてくるキャラクターとも言える。


〝リストラされる側〟のキャラクターも、この小説の魅力のひとつだ。
建設会社の営業企画推進部で、辣腕を振るいながら、リストラ候補に挙がった陽子。
玩具メーカーで、かつてはヒット商品を飛ばしたが、近年不振の研究者。
銀行同志の合併吸収で傍流に回された、企業精査スペシャリストの銀行員。
30歳を目前にした、超一流自動車メーカーのショールーム・コンパニオン。
ひとりひとりにドラマがあり、ひとりひとりに辞めたくない理由がある。
辞めさせる側の理由も、千差万別だが、理不尽さは常にどこかに漂う。


現実を考えた場合、
リストラする側、される側の事情などはよくしらないが、
もっと理不尽さややるせなさ、不愉快さがあるだろう。
むろん、「こんなやつを指名解雇できないなんて…」というケースもあるだろう。
だから、この小説にリアルを求めると、かなり失望するはず。
だが、理不尽さのさじ加減、というか、物語の潜在的な理不尽さを、
うまいこと小説として成立するレベルに抑えこんだのが、この小説のよさでもある。


読み終わって、爽快感、というわけにはいかないが、
この題材でうまく書いたな、と、感心はする一冊。
必読と言うつもりはないが、読んで損はしないかな、という感じだ。
もちろん、この作家には「ワイルドソウル」系のやつをもっと書いて欲しいから、
これで満足は、決してしたくない。
と書いていて、そういえば「本の雑誌」で目黒孝二氏も同じこと書いてた気がしてきた。
まずい…、猿まねと思われてしまうかな。
ま、とりあえず、目黒氏と同感ということで、勘弁してくれれば、
といいかげんに締めくくることにした。お粗末。
あすがないのは、むしろ自分のような気が…