奥田英朗「ガール」

mike-cat2006-01-22



奥田英朗最新作。
オビは〝30代。OL。文句ある?〟
ただ、出てくる女性たちはいずれも、いわゆる〝OL〟ではなく総合職の女性たち。
こはちょっと看板に偽りあり、なのだが、背表紙側のオビには
〝こんなお心あたりのある方に、よく効きます〟とある。
〝職場でナメられてる、と感じた。親に結婚を急かされた。
 若い後輩の肌つやに見とれた。仕事で思わずたんかをきった。
 ひとめぼれをした。子どもの寝顔を見て、頑張ろうと思った。〟
そう、30代の働く女性への応援歌、といった趣向の短編集だ。


「ヒロくん」の主人公は、30代半ばで大手不動産会社の課長に就任した聖子。
社内派閥の関係で、3期上の今井が部下に配属される。
この今井、仕事はできる切れ者だが、聖子に対して敵意を隠そうともしない態度に出る−・


そんな聖子の夫、博樹は音響メーカーの平社員。
稼ぎは聖子より少ないが、それを恥じるようなことはしない。
いわゆる〝理解のある〟夫である。
この小説のよさは、ここで、博樹を必要以上に持ちあげないところにある。
いわゆる〝理解がある〟というのは、
本来あるべき基準からいけば〝当たり前〟レベルだということ。
その部分の姿勢が、しっかりと反映されている。
だから、聖子の母親が話す様々な言葉が、とても的外れに映る。
いわく「博樹さんに感謝しないといけないわよ」「聖子はいい人と結婚したね」
実際にもありそうなこの場面を想像すると、思わず苦笑いだが、
聖子の視点に立って、それを醒めた視線で見つめる描写は、非常に的確だと思う。


表題作「ガール」は、
いつまでガーリーなままでいられるか、に悩む32歳、由紀子の話。
38歳にしていまだ〝ガール(ギャル)〟全開、
そんな先輩の光山さんが見せる〝痛い〟姿に、由紀子は思い悩む。
〝自分が十代だったころは、三十二歳なんて完全なおばさんだった。
 実際、もう少しちゃんとフケていた。ごく自然に人生の階段を昇っていた。
 社会が豊かになって、青春期が長くなったのだ〟
社会そのものが豊かになり、その価値観が多様化した現在、
自らの年代にあったロールモデルを見つけることは容易ではない。
だいたいが、無理にロールモデルを追求する必要もないのだが、
やはり人の目だって気になるのだ。だから、由紀子の悩みは尽きない。


ここで、それなりの〝歳相応〟に流れるなら、普通の小説。
それでも〝ガール〟であろうとする由紀子たちの姿を、
奥田英朗は、温かい視線で、それも話に破綻をきたすことなく、爽快に描き出す。
若さにばかり意味を見いだそうとする、単純な価値観への挑戦が心地のいい一編だ。


ほかにも、働く母にとっての伝家の宝刀〝子どもの事情〟を、
決して持ち出そうとしない、女の心意気を描いた「ワーキング・マザー」や、
文字通り「ひと回り」下のオトコの子に惚れ、
囲い込もうとする教育係を描いた「ひと回り」などなど、
30代女性の気持ちを、奥田英朗一流のの語り口で描いた佳作揃い。
オトコの僕が読んで本当に〝女の気持ち〟をわかってる、と断言するつもりもないが、
一応フェミニストを自認する僕としては、なかなかいいスタンスじゃないかな、と思う。


実際の会社社会での、オトコどもの陰湿さ、巧妙さを考えると、
この小説通りにはいかないだろうな、とは容易に想像できるけど、
そこまでリアルにやって、女性たちが潰れる姿を描いても、何の意味もない。
そこは「こうあって欲しい」「こうあるべきだ」という意見として、
前向きにとらえ、楽しく、爽快に読むのが、この小説には向いていると思う。


何はともあれ、さすが奥田英朗、の一冊。
この人のうまさと多才さには、あらためて感銘を受ける。
もちろん、「最悪 (講談社文庫)」「邪魔(上) (講談社文庫)」「邪魔(下) (講談社文庫)」のような、
には及ばないのだけれども、その魅力をたっぷり味わえる作品だった。