平安寿子「センチメンタル・サバイバル」

mike-cat2006-01-21



ちょっとした刊行ラッシュというところだろうか。
Bランクの恋人」が昨年10月、「愛の保存法」が12月。
ほんの3、4カ月の間に3冊というのは、うれしい半面、
ここ2作が平安寿子にしてはやや薄めのテイストだった記憶が甦る。
さらに版元がマガジンハウス!
マガジンハウス刊の書籍にも面白いのはあるけど、どこか不安な気持ちも…


オビは〝歩き出さなきゃ、どこにも行けない。〟
〝24歳・フリーター。恋も仕事も中途半端…
 理想と現実のはざまで揺れ動くガールズライフを描いた異色作〟
両親の転居で、実業家の龍子おばのもとに転がり込んだ、主人公のるか。
やりたいことも特になく、流されっぱなしのるかに対し、
仕切り屋であらゆることに一家言持つおばの2人暮らし。
食べ物、仕事、ダイエット、恋人、セックス…
様々な話題でおばのご意見を賜ることとなる。
そんな中、気軽なフリーター生活にも微妙な変化が現れて−。


そんなわけで、基本はるかの成長物語だ。
〝昔から聞き分けがいい。人の言う通りに動く。
 物を考えるのは不得手らしいと、自分で思う。
 何か考えると決まって、らしい、とか、かもしれない、が必ず後ろにくっつくのだ〟
と何とも頼りないるかが、おばに触発され、周囲の変化にうながされ、変わっていく。
そして、自分自身でも何かを考えていくようになる姿が描かれる。


だが、その形式がちょっと変わっている。
龍子おばとるかの会話、るかのバイト先での会話がメインとなる。
もっとも、おばが一方的に持論を展開し、
るかはおばの意見に流されつつも「何だかなぁ」と疑問を持つだけ。
各チャプターごとにテーマも決まっているので、
まあ、言ってみれば龍子おばのセリフを借りた、連載コラムの感は強い。
その分、物語的な力強さには欠けるので、
長編小説として期待して読むと、ちょっと肩透かしをくらうような部分もある。


とはいえ、平安寿子の絶妙の語り口は、
様々なテーマにおいて「ほぉ!」と思わず言ってしまう味わいにあふれている。
まずは「覇気って、なんざましょ」
オシゴト教育に関する講演を行うことになったおばが、
覇気のない若者について、るかに対して一席ぶつ。
自信を持つことが大事、という言葉に反応したるかが、
「自信を持てそうなことって、見つかりそうもないな」とこぼすと、おばは
「自信がありませんというのは、責任を回避するための言い訳に過ぎない」。
きっぱり言い放つ。そして自画自賛
「名文句だわ、わたしって才能ありすぎ」。
で、続く言葉がこれだ。
「るかの言うことに返事してたら、原稿が書けるんだもの。助かっちゃう。
 あんたってほんとに、覇気のない若者の典型ね」
もう、るかの立場なんてまったくないのだが、思わず笑ってしまう場面だ。


「二の腕問題」では、プルプルの二の腕をめぐって議論が展開される。
「この白くて、むっちりしたおいしそうな肉。
触るとやわらかくて張りがあって、つきたてのお餅みたい。
ここの肉がつかめないようじゃ、二の腕とは呼べないね」
二の腕を気にする世の中の女性たちへの力強いエールだ。
実際、世のオトコはむっちりした二の腕が好きなはずなのに、
女性たちは必要以上に二の腕の肉を気にしていると思う。
女の美しさって何か、を二の腕を通して論じる、興味深いチャプターだ。
とはいえ、るかがバイト先でも議論を繰り広げ、帰ってくると、
当のおばは、なぜかプロ野球日本ハムの小笠原に夢中になってたりするのだが…


「エッチは禁句」で、
バイト先の店長古木が一論ぶつ場面も味わい深い。
エッチは禁句だ、と強硬に言い張る古木に、るかの同僚が
「だったら、何て言えばいいんですか」と問いかける。
「セッ…(この後は発音せず)なんて言うの恥ずかしいですよ。気取ってるっぽくて」
古木の返答がなかなか面白い。
「そりゃ、言いにくいのが当たり前だ。言いにくいという感受性は大事にして欲しいよ。
 そういう感情の機微がつきまとうのが、この種の言葉のいいところなんだから」
秘め事、という言葉もある通り、恥ずかしいという感情は、官能方面での重要なファクターだ。
スポーツ的なセックスのよさも認めるが、そればかりでは面白くない。
退廃的、だとか、罪悪感、だとかのスパイスもあってこそ、官能は高まるはずだ。


その部分でこの古木の言葉は面白くもあるが、
一方で〝男の論理〟を感じる部分もあるのは確かだ。
〝女の子は恥ずかしがって欲しい〟という役割の押しつけ、
〝エッチ〟というカジュアルな言葉がもたらす、女性の性的自由への否定、
そんなものも、微妙に読み取れるような気がしてならない。
結論はまあ、読んでのお楽しみだが、そんな様々な想いがよぎる一章でもある。


そんなわけで、物語のカタルシスには欠けるものの、
平安寿子らしい味わいには満ちたこの一冊。
多少説教臭さもあるし、るかの甘えっぷりもやや鼻にはつくが、
読んで損はない作品ではないか、と思う。
もちろん、平安寿子には、もっとグッとくる作品を書いて欲しい、
と思うのは、いつも通りだったりはするのだが…