奥田英朗「家日和」

mike-cat2007-04-06



〝いい人は家にいる〟
奥田英朗の最新作は、家を舞台にした短編集。
〝ずっと外にいた夫の王国か。
 ずっと家にいた妻の城か。
 ビター&スウィートな<在宅>小説。〟
題材はもちろん、いま、その在り方を問われる家、そして家庭。
〝2007年奥田英朗のオンリー・ワン!〟
この惹句がどうにも気になるが(ほかの本は出ないの?)、
何はともあれ、読むべし、読むべし、な1冊である。


前述通り、6編のモチーフは家や家庭なのだが、
キーワードは〝意外な効用〟という言葉が適当なのではないか。
家や家庭にまつわるある出来事がもたらす、意外なドラマが何しろ読ませる。


サニーデイ」は、
不用品をネットオークションで売り出した、四十二歳の主婦、山本紀子の物語。
結婚して10数年、夫婦の仲はよくも悪くも落ち着き、
2人の子供はともに中学に上がって、親を鬱陶しく感じる盛り。
〝すでに子供たちは自分の世界を持っている。家族の全盛期が終わったのだ。〟
そんな、バラバラに思えた家族。
だが、何の気なく始めたネットオークションがきっかけで、見えなくなっていたしあわせに気づく。



「ここが青山」は、
アオヤマではなく、セイザンのほうである。
〝人間いたるところ青山あり〟世の中、どこにだって骨をうずめる場所はある、というやつだ。
突然の失業に追い込まれた三十六歳の湯村裕輔。
とはいえ、手に職を持つ妻は仕事に復帰。主夫業もやってみれば意外と悪くない。
周囲の戸惑いをよそに、ここを青山と定めるまでのドラマが、何ともほのぼのしていていい。


「家においでよ」の主人公は、田辺正春、三十八歳。平凡な営業マン。
家電メーカーのデザイナーの妻との別居がもたらす、意外な楽しみにハマる。
小金あり、時間ありの30オトコの夢を叶える様は、読んでいてなかなか羨ましい。
大画面テレビに本格派オーディオ、お洒落一辺倒な妻の城から、気楽なオトコの隠れ家へ。
気づけばオトコのたまり場。
80年代に聞いていた音楽を再発見。
スクリッティ・ポリッティってこんなにいい音だったのか」などと驚いてみるのもオツである。
その痛快さもさることながら、そんな夫にショックを受ける妻の姿もなかなか微笑ましい一編だ。


「グレープフルーツ・モンスター」の主人公は、三十九歳の専業主婦、佐藤弘子。
内職は、一通分7円の宛先入力。
商品の納入のため、自宅へ訪れる、若くて図々しい営業マンが思わぬ妄想をもたらす。
グレープフルーツ頭の怪物が、あんなことやこんなことを…
明るいおバカ・ファンタジーと笑うか、切実な主婦のささやかな楽しみにペーソスを見い出すか。
何とも微妙な部分もあるのだが、まあ人生いろいろなのである。(文章になってない)


「夫とカーテン」は、
駆け出しのイラストレーターの大山春代の物語。
悩みの種は、どこかずれた起業グセのある〝誠実な山師〟の夫。
その夫がもたらす家庭の〝危機〟が、何とイラストのアイデアの源泉になってみたりする。
人望はあるが、どこか抜けている夫のキャラクター設定が、なかなか絶妙だ。
イデアは奇抜、山っ気もある。人の懐に飛び込む才能は、群を抜く。
だけど、どこか一本ネジが抜けている、そんな夫。
〝数式を解いても検算は一切しない少年だったに違いない〟
同じく〝テストの見直し〟をしない人生を送ってきた同志として、何だか好感を覚えるのだ。


「妻と玄米御飯」の主人公は、
初のベストセラーに恵まれた四十二歳の作家、大塚康夫。
近所付き合いがてら始めたロハスに、面はゆい思いを続ける毎日。
ちょっとした発想の転換で、いいネタを手にしたのはよかったが…
もしや、作者自身の実生活がモデルになっているのか? と、思ってしまう一編。
オチはいまいち気に食わないが、まあ、そうせざるを得ないよな、と苦笑を禁じ得ない。


以上6編。
奥田英朗らしい巧さと、カラッとした笑い、ペーソスを交え、とにかく読ませる1冊だ。
名人芸、といってしまうとつまらないが、
新鮮さを失わずに、このクオリティを保っているのは、やはり驚異的といっていい。
とはいえ、こうした軽めの短編、
この作者の味ではあると思うが、こればかりではどうにも物足りない。
オビにもあったことしの〝オンリー・ワン〟が本当なら、寂しい限りだ。
邪魔(上) (講談社文庫)」「邪魔(下) (講談社文庫)」「最悪 (講談社文庫)」みたいな作品を、ファンとしてはどうしても期待してしまう。
もちろん、あれだけの傑作をポンポンと生み出すのは並の苦労ではないと思うのだが…


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家日和
家日和
posted with 簡単リンクくん at 2007. 4. 8
奥田 英朗著
集英社 (2007.4)
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