横山秀夫「震度0」。

mike-cat2005-07-17



この横山秀夫の警察小説って、読むたびに思うことがある。
刑事ものなのでは、サイドストーリー的な扱いとなる、警察組織独特の嫌らしさ、
そのネガティブな魅力を、ねちっこく描写し、
小説の醍醐味にするというのは、つくづく凄いことだな、と。
キャリアとノンキャリの間に横たわる、深くて広い谷間や、
その間での虚々実々の駆け引き。
犯人逮捕とか、治安維持とは、まったく違う次元で繰り広げられる、
その裏側の戦いというのは本来、見ていて嫌悪感すら覚えさせるはずなのに、
横山秀夫の小説を読むと、その駆け引きもなぜか、
心躍らせ、ドラマをもり立てる重要な要素になっていたりする。
ま、もっとも、そんなのを喜々として読んでいると、
自分までヒトが悪くなった(別にもともといいわけでもないが)気もしてきて、
読後感は実は、なかなか微妙でもある。


で、今回の作品はオビによると
〝警察小説はここまで進化した!〟だそうだ。
何がどう進化してしまったのかよくわからないが、
いままで以上にすごいのか、と半ば趣味の悪い期待を持って、読み始めた。


阪神大震災が起こったその日、N県警にも激震が走った。
人事を司る警務部の中核、不破警務課長が姿を消した。
不破に不祥事の処理を押しつけた椎野県警本部長、
不破の抜擢を考えていた冬木警務部長らキャリア組のみならず、
藤巻刑事部長らたたき上げのノンキャリ組が、
失跡がもたらす影響に怯えつつ、迷走する。果たして、その真相は…


もちろん、ミステリー的な仕掛けも魅力のひとつではあるのだが、
こちらにはあまり重きは置かれていない。
あくまで、事件をめぐって揺れるN県警の姿が、
次第にその被害の甚大さを明らかにする、
阪神大震災の様子と重ね合わせながら、描かれていく。
で、最初にも述べた、警察組織独特の嫌らしさ、は予想通り、もうドロドロだ。
Ⅱ種の国家公務員に当たる準キャリアの堀川警備部長、という微妙な立場の人間も交えながら、
不破の安否の心配などまったく眼中にない、激しいまでの綱引きを繰り広げる。


たとえば、キャリア組の椎野と冬木が反目しあう。
何でか、というと幼稚で身勝手な椎野(私大出身)に対し、
将来の警察長官を狙う冬木(東大?出身)は、媚びる必要も理由もない。
だが、ノンキャリ組への支配力も失いたくないので、準キャリ堀川を巧みに使う。
〝自分たちが反目し合えば地元県警に対する威圧感が弱まってしまうことをよく知っていて、
 気が合おうが合うまいが、ともかく表面上は血の繋がった「キャリア兄弟」を装う。
 無論それだけではなく、冬木は準キャリに厳しくものを言うことで、
 地元部長との間で波風を立てずに、
 自分の考えを知らしめる「間接支配」の手法を用いている。〟
ああ、嫌らしい…
あくまでフィクションとは理解しつつも、
現実にもこういう図式はあり得るんだろうな、と。


しかし、こういう小説を読んでいると(こればっかりだが…)警察組織って、
つくづく上から下までイヤなとこだな…、などと、
現場で実直に汗をかきかきやっているまともな警察官のことを忘れてしまう。
そういう意味では、もと新聞記者で、警察のイヤなトコを見続けてきたはずのこの作者の、
警察組織に魅せられつつも、
警察を本質的に嫌っている部分が出ているような気がしてならない。
それもあってだろうか。その呪縛から逃れた「クライマーズ・ハイ」が、
あれだけの傑作であり得た(もちろん、警察も出てくるが、それだけじゃない)
理由かもな、と思ったりもする。
もちろん「半落ち」があるんで、一概にはいえないんだが。


で、そんなこんなで、結局面白かったか、というと、
横山秀夫にしては〟ふつうの出来、か
最高の警察小説とは思わないし、「クライマーズ・ハイ」のような深さもカタルシスもない。
半落ち」のような、凝った仕掛けもない。
ただただ、警察組織のどろどろした部分に特化した、独特の味わいだ。
それでも、やはり読ませるのは横山秀夫の力なんだが、
傑作か、と訊かれると、返答に詰まる。
ちょっともの足りない。やっぱり、まずまず、なのだ。