近藤史恵「賢者はベンチで思索する」

mike-cat2005-06-02



この作家で、これまで読んだことがあったのは2冊。
アンハッピードッグズ」と「凍える島 (創元推理文庫)」。
面白かったとは思うんだが、いまひとつガツンとこず、
その後はあんまり手に取ることがなかったんだけど、
今回は、このオビにそそられた。
「いつだって悪意はすれちがうほど側にいる
 犬と老人と21歳の女の子が挑むミステリー」
ひらたく言ってしまえば、イヌ、というのにそそられたんだが。
まあ、文藝春秋刊だし、そうハズレはないだろうと思って、手に取った。


主人公七瀬久里子は、デザイナーを目指すべく、専門学校を卒業した。
服を作る楽しさに触れ、いい友人にも恵まれて送った学校時代を終えると、
そこに待っていたのは、非常な現実。
専門学校を出ても、デザイナーにはなれない。
途方に暮れて、ファミリーレストランでアルバイトする毎日。
〝とりあえず、友達と遊ぶお金くらいはバイトでまかなえる。
 なんでもとはいわないけど、好きな服も少しなら買える。
 とりあえず、今日のところは笑っていられる。
 それでも、いつも頭の真ん中に、どうしようもない疑問が陣取っているのだ。
 明日はどうするの? と〟


老人は、いつもファミレスのいちばん奥の4人がけの席に座る、痩せた老人。
曲がった背に、白い髪。レンズの暑い老眼鏡をかけて新聞を広げている。
週に三回くらいやってきて、この席に座る。
ほかの席に案内しようとしても、この席がいいと言い張る。
頼むのはコーヒー一杯のみ。それで何時間も粘る。
だけど、来るのは空いている時ばかりだし、混んでくればさっと席を空ける。
話してみると、耳は遠く、ボケ老人一歩手前、の印象だ。
だが、この老人、国枝に公園で出会った時、その印象は一変する。
ファミレスでの彼とは違う、優雅な身のこなし、論理的な話しぶり。
まちかど名探偵よろしく、ご近所で起きた事件を解決する、ナゾの老人だったのだ。


イヌは、ぼさぼさした茶色の「アン」。
知人からもらいうけるはずだった子犬が病気で死んでしまったため、
代わりに、というわけでもないが、保健所でもらいうけてきた雑種犬だ。
もう一匹は「トモ」。
こちらは、捨てられたイヌを保護する家からもらいうけた。
茶色で、鼻先と足の先だけが黒い、中型の雑種犬だ。
どちらも、一度は飼い主の愛から見離された2匹。
新しい飼い主の愛情に無邪気に応える「アン」と、どこか疑念がぬぐえない「トモ」。


この2人と2匹が、ある事件を解決するのが、
第一章の「ファミレスの老人は公園で賢者になる」だ。
非常に、イヤな事件を扱っているので、
後味は正直よくないが、物語としてはよくできていると思う。
イヌも含め、キャラクターの描写が繊細で、作品への愛着がわいてくる。


第二章「ありがたくない神様」では、久里子の働くレストランでのナゾの毒物混入事件、
第三章「その人の背負ったもの」では、国枝に疑惑がかけられた、小児誘拐事件を、
この2人と2匹が、次々と解決していく。
もちろん、最終章の「その人の〜」では、物語全体の秘密も明らかになり、
3編による連作は、大きなひとつの物語に集約されていくんだが、
これもまたなかなかいい感じに盛り上がっていく。


事件を通じて、宙ぶらりんだった久里子の気持ちが自分なりにまとまっていく。
何をしたい、どうすればいい、まずはこうする…
誰だって、明確な答えは持っていないけど、
ひとまず視線を据える方向が定まり、確実に一歩前進していく。
先日の加納朋子てるてるあした」じゃないけど、ここにもさわやかな成長物語がある。
そして、どこかに向かってイヌが駆けていく、感動のラスト。
細かくは書かないが、これもまた胸にキュンとくる。たまらない。
一気読みは保証付きの、これまた素敵な作品。
こういう当たりが続くと、ホント読書の愉しみ満喫、という感じだ。