加納朋子「てるてるあした」

mike-cat2005-06-01



最近文庫化された「ささらさや (幻冬舎文庫)」の姉妹編だ。
何にもない田舎まち「佐々良」を舞台に、
事故で夫を亡くしたサヤと、忘れ形見のユウスケが、
近隣に住むにぎやかなおバアちゃんと、ゴーストとしてサヤを見守る夫に囲まれ、
苦境というか、日々を乗りこえていく、こころ温まる物語。
頼りになる夫を失った、世間知らずな妻、という設定に、
古くささというか、政治的不適切さをやや感じつつも、
物語の端々に感じられる繊細な気遣いと、さわやかなエピソードに、
思わず目尻が熱くなったりしてしまった。


そんなテイストはそのままに、同じく佐々良を舞台に、
サヤや、ユウスケ、そしておバアちゃんたちを脇役に物語は展開する。
主役は、両親の多重債務による夜逃げのため、
遠い親戚を頼ってひとり佐々良に逃げてきた照代。
中学校を卒業したばかりの15歳。
第一志望の高校に合格した喜びもつかの間、借金苦にもかかわらず、
放蕩を続けた両親が入学金まで使い込み、あわれ入学は取り消しとなった。
呆然とする間もなく、夜逃げが告げられる。
誰も知り合いのいない、とんでもない田舎の駅に降り立った照代の、
その心境を考えただけで、もうかなり胸が苦しくなってくる。


両親の金遣いが粗く、子どものころから贅沢と金欠の、
激しい浮き沈みを経験してきた照代は、苦境にはある程度慣れっこだ。
だが、その照代ですらこれではへこむ。
それでも、
母親は「(借金取りに捕まったら)風俗とかに売られちゃうかも…」
父親は「(高校行けなくても)義務教育が終わっていて良かったな」
冗談交じりとはいえ、無神経を極めた発言を繰り返すのだ。


そんな母親は、照代とはまったく似ても似つかない。
ひたすら地味でガリガリで、子供っぽい照代と違う、派手な美人。
だが、照代にとってはこんなヒトだ。
〝万事において、私のことよりも自分の楽しみを優先するあの人。
 クラス一可愛い女の子が私に向けるのとそっくりな眼で……
 憐れみと優越感がない交ぜになった眼で、実の娘を見るあの人。〟


物語前半のトーンは、
つねにこの〝ひどい親〟に泣かされる、照代の心境に胸が締めつけられる感じだ。
照代が世話になることになった遠い親戚という、久代ばあさんも、
けっこうきっついヒトで、照代の境遇を知りながらも甘やかさない。
もちろん、そこには一定の厳格さもあるから、久代ばあさんは責められないんだが、
15歳のコに降りかかった苦境を考えると、やはり厳しい。
サヤ&ユウスケがからむ不思議な出来ごと、
久代ばあさんの家に出没する、少女の幽霊など、
ミステリー的な部分の描写もあるんだが、正直、この苦境描写がメインだ。


しかし、それでも照代はねじ曲がらずに(かなりいじけはするが…)、
苦境の中で自分のいどころを見つけていく。
この成長物語が、この小説のひとつの味わいだろう。
成長物語と聞くと、説教くささも感じるが、そこは加納朋子
絶妙の描写で、不自然さや、説教くささを感じさせず、
世の中に対して、すねてしまってもおかしくない照代を、
真っすぐと、たくましく、それでいて繊細に成長させる。
いまさらだけど、やっぱり本当にうまい。


そして、少女の幽霊がもたらすある秘密や、
その他もろもろが明らかにされる物語の終盤で、
物語前半で味わった重い締め付けが、一気に解放される。
最後の十数ページは、もう感動で涙がこぼれ落ちそうになる。
ちなみに電車内で読み終わったので、こぼれ落ちなかったが、
家で読んでいたら、たぶんこぼれ落ちていたんではないかと思う。


前作「ささらさや」を読んでいなくても、十分楽しめるけど、
佐々良の町のひとたちのことも含めて考えると、
やっぱり、前作とあわせて読んでもらいたい、と強く思う。
傑作か、と訊かれると微妙に〝甘さ〟も感じられるが、
素直に読めば、とてもいい作品として、読めると思う。
涙を流し、読み終えた時には、
体内のストレス性物質が半減、もしくはほとんどなくなっているんじゃないだろうか。
それぐらい、いい感じの涙が流せる、〝泣かせ〟の佳作だ。