ダン・ブラウン「デセプション・ポイント 上」「デセプション・ポイント 下」

mike-cat2005-04-05



オビにある通り
ダ・ヴィンチ・コードダン・ブラウン 日本最新刊!」。
でも、「天使と悪魔」と「ダ・ヴィンチ・コード」の間に書かれた、
ノンシリーズ作品でラングドン・シリーズとは無関係だったりする。
うれしい半面、「ううむ、売れっ子作家にありがちな〝濫訳〟?」
という不安も抱きながらの読み始めとなった。


しかし、そんな不安はいきなり吹き飛ぶ。
面白い。それも強烈に。
ひとことで言うと、「サイエンシフィック・ポリティック・スリラー」か。
大統領選さなかの米国と、北極の巨大棚氷を舞台に、
ダン・ブラウンならでは、のノンストップ・サスペンスが展開する。
主人公のレイチェル・セクストンは、
NASA(航空宇宙局)民営化を訴える大統領候補セジウィックの娘にして、
NRO(国家偵察局)の要旨作成者。
あらゆる分野に及ぶ、難解な報告書を、
まとめあげ、ホワイトハウスに概説を提出する。
現大統領の対立候補の娘でありながら、〝大統領サイド〟の人間だ。
ちなみに、母の死をめぐり、父とは不仲だったりする。
ある日、極秘任務で大統領から呼び出しを受けたレイチェルは、
極北の地で、低迷するNASAの大殊勲となる、大発見に遭遇する−。


ここからは、えっ、えっ、えっ…と驚くような展開が次々と繰り出される。
NASA民営化をめぐる大統領選の駆け引きだとか、
当然NROもからんだ情報戦の駆け引きだとか、
おまけに小説の最初からデルタ・フォースまで登場して…
どこから、どこまで、誰を信じていいのか。
レイチェルともうひとりの主役でもある、
セジウィックの秘書ガブリエール・アッシュは、惑わされ続ける。
オビの訳によるデセプション・ポイント=〝偽りと欺きの極地〟。
極地かなぁ…、読んだ感じは〝欺瞞のポイント〟ってとこか。
どこからが、仕掛けられたワナ、なのか、
ドキドキワクワク(死語?)しながら読み進めるわけだ。


まあ、こういう政治スリラーってのは、過去にも相当数あるし、
科学もののウンチクを加えるのも、マイケル・クライトンあたりが得意としてる。
ただ、最高に面白かったころのクライントンのノリに、
ダン・ブラウンならではの仕掛けのリズム、そしてウィットをきかせた文体が加わる。
宗教学、という日本人になじみの少ない分野が出てこない分、
より一般的な小説だったりするかも知れない。
で、たぶん、厳格なミステリー・ファンとかにいわせれば、
論理の破綻はくさるほどあるんだろうが、
ラングドン・シリーズ同様、軽快なスピード感の効用で、
少なくとも僕は気にならない、というか、感じなかった。
まあ、ジェフリー・ディーヴァーよりあざとくない、といえば明快か。
とはいっても、僕はあの〝あざとさ〟も好きなんだが…


しかし、驚くのが小説の冒頭に記された
〝この小説で描かれる科学技術はすべて事実に基づいている〟。
たとえば、わずか1センチ、〝蚊〟のサイズの偵察&暗殺超小型飛行ロボット。
たとえば、UFOとしか思えない、音のしない黒いヘリ、カイオワ・ウォリアー。
たとえば、どんな状況でも弾丸を現地調達できる特殊ライフルの数々…
ここらへんのウンチクは、かつてクライトンの小説に興奮したクチなんで、
もう、たまらない。現実に戻って、ちょっと寒い感覚を覚えるのも同じく。
いや、これまた〝と学会〟あたりに言わせれば、
トンデモ本なのかもしれないけど、別にいいや。おもしろいし。


そうそう〝大発見〟については、知らないで読み進める方が楽しいかも。
もちろん、これまた冒頭に引用された、
1996年8月のクリントン大統領の声明を見れば、分かる人は分かる。
僕、もちろん、もともと知らなかった上に、読み流したんで全然…
ちなみに、隕石ALH84001の発見を受けて、の会見から。
〝この発見が真実であると裏づけられれば、
 宇宙に関して科学がこれまでに解明した
 最も愕くべき洞察のひとつとなることはまちがいありません。〟


ちなみに、人間模様の描写も、なかなかていねいに描いている。
レイチェルと父、セジウィックの諍いに始まり、
レイチェルが抱える水へのトラウマ、
大発見のスポークスマンに指名された海洋学者トーランドの心の傷。
お約束の学者バカ、宇宙物理学者コーキーに、冷徹な現実主義者のNRO局長。
ガブリエールの抱える、ある秘密も、
大統領選の行方に関連したりして、もう盛りだくさんの展開だ。


これだけ詰め込みながらも、交通整理はうまくいってるので、話は混乱しない。
もちろん、「天使と悪魔」「ダ・ヴィンチ・コード」に、
ディーヴァーの「死の教訓」とかの翻訳も手掛けている、
越前敏弥の手腕にもよるんだろうけど、とにかくスムーズに、
そしてビジュアルに訴えかけるように、ストーリーが展開する。
過去2作品以上に、これは〝読む映画〟になっている。
それでいて、近年のクライトンみたいにスカスカじゃないのが、ミソでもある。


評点をつけるなら、間違いなく90点オーバー。お好きなヒトにはもちろん、
「角川の出した本だし…」とか「ベストセラーだし…」
で、これまで避けていた人にも、ぜひお勧めしたい作品だ。
もちろん、でっかい文字で各1800円のハードカバー上下巻にするなら、
ふつうの文字サイズで2500円前後のハードカバー一冊ものにしてくれ、とか、
言いたいことがないわけじゃない。
というか版権、文藝春秋に移らないかな、とか、ね。
まあ、とにもかくにも必読の一冊。
ダン・ブラウン、次はラングドン・シリーズがことし中にも出るらしい。
楽しみにして、待つことにしたい。