敷島シネポップで「ダ・ヴィンチ・コード」

mike-cat2006-05-22



いろいろと話題のあの作品、である。
オープニング・ウィークエンドは、「SW3」に次ぐ史上2位。
イベント・ムービーとしては、大成功といっていいだろう。
メディア向け試写もお預けしまくったせいで、
肝腎の中身については、なかなか伝わってこないが、
ただでさえ、さまざまな先入観のバイアスがかかった映画だ。
これで映画の出来のことまで頭に入ったら、かえって困るし、
これはこれで、よかったんじゃないかな、なんて思いつつ、劇場へ。


率直な印象としては、〝普通に面白い〟というところ。
年間ベスト10に入る傑作でもないが、かといって退屈な駄作でもない。
宗教の冒涜どうのこうのは後述するが、娯楽としてはまずまずの映画だと思う。
ただ、特別な映画じゃない。
いかにも、近年のロン・ハワード監督×アキヴァ・ゴールドマン脚本、的な手堅さ。
(まあ、ロン・ハワードは「ウィロー」「バックドラフト」を最後に、
 巨匠っぽい映画の作り方しかしなくなったので、最初から期待してないんだが…)


あの原作本を読んだときのページをめくる楽しみには遙かに劣るが、
あのボリュームをそこそこうまくまとめているし、テンポもそう悪くない。
薄味に、マイルドに、わかりやすく、無難にまとめ上げた、という印象は強いが、
ジョエル・シュマッカー的な、順番にエピソード並べただけ、には終わっていない。
まあ、年に1本か2本しか観ない人も楽しめるし、
年間100本観る人間でも(さほど期待しないで観れば)けっこう楽しめる。


原作のファンなら、ルーブル美術館に始まる、パリ、ロンドン、エディンバラの名所めぐりが、
劇場のスクリーンでできるだけでも料金分の価値はあるんじゃないかな、とも思う。
ルーブル美術館にサン・シュルピシュ教会、ヴァンドーム広場、ホテル・リッツ、
テンプル教会、ウエストミンスター寺院、ロスリン礼拝堂…
ダ・ヴィンチ・コード ヴィジュアル愛蔵版」のさらに豪華な映像版、みたいな感じだろうか。
そう考えれば、映画の出来に関する細かいことも気にならなくなるはずだ。


ルーヴル美術館のジャック・ソニエール館長が、館内で殺害された。
ダ・ヴィンチの素描「ウィルトルウィウス的人体図」を模した格好で横たわる死体。
そこには、自らの血でペンタクル(五芒星)が描かれていた。
講演でパリを訪れていた、ハーヴァード大の宗教象徴学者、
ロバート・ラングトン=トム・ハンクスは、フランス司法警察の要請で、現場に呼び出される。
急な要請に戸惑いを隠せないラングトンに、
暗号解読者、ソフィー・ヌヴーオドレイ・トトゥがこうささやく。「逃げ出して」−
実はラングトンは、殺人事件の第一容疑者だった。
警察の手を逃れたラングトンは、ソニエールのダイイング・メッセージをたどり、
ダ・ヴィンチの絵画に隠された、事件の真相を探る。
最後の晩餐、岩窟の聖母、モナ・リザ
だが、それはキリスト教の血塗られた歴史に彩られた、とんでもない秘密への探求だった−


観終わってつくづく思うことだが、
こうしたミステリー系のベストセラー小説を映画化するのは、本当に難しい。
映画を観る前から、ストーリーも真相も結末もわかっている上、
主要キャストを始めとする、作品のイメージそのものは完全にでき上がっている。
まるまる小説のままに作るのは、尺を考えても到底無理だし、
どの場面を削っていくかも、読者それぞれの偏愛を満足させるような判断は難しい。


キャストで言えば、やっぱりロバート・ラングトンだろう。
イメージはハリソン・フォード、なのである。やっぱり。
もちろん年齢的なことを考えると、
シリーズ化を狙いたい製作者サイドの判断として、難しいことはわかるんだが、
やっぱりラングトンは、あの渋面まじりのフォードが一番よく似合う。
インディ・ジョーンズとかぶるのは承知の上で、それでもラングトン=フォードなのだ。


映画化される、というニュースの中で、
監督ロン・ハワード、主演トム・ハンクス、と聞いたときの失望といったらなかった。
僕の中ではもう〝終わった〟監督、ハワードに加え、
「何だよ、おともだちかよ」的なキャスト、それもあのハンクスのモジャモジャ頭…
まあ、その後、あの今回のヘアスタイルを見て、すこしは安心したが、
あのハンクスが、アナグラムフィボナッチ数列だのによる暗号を、
こともなげに解読していくのも、何となくしっくりこないような気がするのだ。
原作のバイアスなしに、ハンクス版ラングトン、映画版ラングトン、と、
まったく別のキャラクターとして考えれば、そこまで違和感もないけど、やっぱり…なのだ。


オドレイ・トトゥはまあ悪くないような気がする。
アメリちゃん〟のイメージもだいぶ払拭されたし、まあフランス人っぽい女優で、
この役にパッと思いつく人もいないんで、これはこれでいいのかな、と。
興行面を考えなければ、まあ無名の人でもぜんぜん構わないのだが。


聖杯オタクの富豪、リー・ティービングを演じたイアン・マッケランは、
なかなかの存在感で、マイルド風味な映画に、独特のスパイスを効かせている。
もちろん役柄自体、重要な役割でもあるんだが、
この人の持つ雰囲気はこの壮大なミステリーには欠かせない。
たぶん、この映画を通じて一番〝得をした〟俳優といってもいいだろう。
もっとも、いまさらこの人を再評価するまでもないのだが。


だが、ジャン・レノポール・ベタニー、アルフレッド・モリーナあたりは、
正直、もったいないな、という印象がかなり強い。
特に単なる狂信者になってしまったベタニー=シラス(サイラスにして欲しいな)は、
何だかせっかくの演技が台無し、という感じがしないでもない。
まあそれこそ、レノ、モリーナあたりにいたっては、
ほかの誰でも構わない程度の扱いだから、まだマシかもしれないが…
ただ、こうしたキャスト上の問題も、
先入観や個人的な思い入れをよそに置けば、致命的な欠点とまではいかないのだ。


じゃあ、最後に残る問題は、というと、
この映画の最大の話題たる、宗教的な側面、ということになってくる。
ローマ・カトリック教会が各地で鑑賞を控えるよう訴えたり、
ヴァチカンから「宗教的な無知が広がっている」と非難されてみたり、
フィリピンではR−18指定になったり、議会で上映禁止が決まったり…
キリスト教サイドからは、ほぼ拒絶にも近い反応を引き出している。
かえってこれが宣伝になってしまっている、という皮肉な結果はともかくとして、だ。


その例の〝秘密〟に関しては、宗教が生活に密着せず、
知識レベルでしかその素養がない日本人には、そこまで〝衝撃的〟ではないはずだ。
「別にそれはそれでいいじゃん」的な、軽い〝秘密〟に過ぎない。
無神論者の僕が言うのも何だが、フィクションとして受け流せる範囲内、だと思う。
むしろ、問題となるのは、この映画の中で語られるキリスト教の〝歴史〟が、
どこまでがダン・ブラウンによるまるまる創作で、
どこからが「そういう説もある」という〝史実〟で、
どこからが「一般的に事実と認定」されている〝史実〟なのかの境界線が見えないことだろう。


単なる狂信者集団にしか描かれない「オプス・デイ」が怒るのは当然だろう。
原作小説ではもう少し説明やフォローがあった気もするが、
映画だけ見たら、かつてのオウム真理教もびっくりのカルト集団、である。
実際のオプス・デイを僕も知らない以上、うかつなことは言いたくないが、
少なくとも、〝一方的な描写〟であるような印象は、強く受ける。


だが、一方で、キリスト教を揺るがす秘密、は、
本当にキリスト教を〝揺るがすのか〟と考えた場合、さまざまな批判は的外れにも感じる。
確かに、キリスト教が唱える〝歴史的史実〟を、大きく作りかえてはいる。
この映画の内容を「(ある程度は)真実なのではないか」信じてしまう人もいるだろう。
しかし、その〝秘密〟って、キリスト教の教える、
イエス・キリストの偉大さを否定するものではない、と、少なくとも僕は思う。


大事なのは、その神性をどこに見るか、である。
そう映画の中でもラングトン、ヌヴーが語っている通り、「結局は何を信じるか−」なのだ。
映画で描かれる〝秘密〟は、
キリスト教という宗教の一部分は、もしかすると冒涜したかもしれないが、
すくなくとも、キリスト教の信仰そのものは冒涜していない。
これがたとえ事実でも、これで信仰が揺らぐなら、それはそこまでということ、
といったら、ちょっと乱暴な言い方になってしまうのだろうか。


何であれ、あくまで映画なのだ。
強制されて観るものでもないし、観たい人が観るだけのものだ。
大ヒット映画ということで、影響力は大きいが、それはそれで、受け取る側の問題だ。
あくまでフィクションです、という呼び掛けならともかく
ヴァチカンのようなヒステリックな反応は、正直「小せえな」という印象すら受ける。
キリスト教の歴史に関する、さまざまな残虐描写などに関しても、
少なくとも、キリスト教が過去の歴史において清廉潔癖でない以上、そう反論できる余地もない。
(というか、神の名の下にこんなに多くの人を殺してる宗教もないはずだけど…)


そんなわけで、まあ、こうしてさまざまな話題を振り返ってみると、
つくづくこの作品が〝話題先行〟の映画であることはよくわかる。
その話題先行につられて、内容も傑作レベル、と期待して観に行けば、
「何だよ、この程度か」と、がっかりするのは間違いない。
だけど、繰り返し書いているように、普通に観る分には、普通に面白い映画ではある。
あまり構えて観に行くのではなく、軽く、カジュアルに観に行くことをお勧めする。
ちなみにうちの奥さんの感想。
「〝ナショナル・トレジャー〟なんかと同じ感じだよね」
そうそう、まさにおっしゃる通り、なんである。


そうそう、余談。
公演中のトム・ハンクスの手帳の中身が見えるシーン。
手帳に大きく「ち」と書いてあった。チッチキチー