光原百合「最後の願い」

mike-cat2005-03-06



表紙が三崎亜記となり町戦争」に似てる。
そういえば、買うとき一瞬見間違えたかも。
いや、そんなにたいしたことではないんだけど。


小劇団〝劇団φ〟を起ち上げようとする演劇青年、
度会恭平を狂言回しに据えた日常ミステリーの連作集だ。
結成準備の人材集めに奔走する中で、
それぞれの登場人物に関わるナゾを解いていく。
登場人物は、脚本原作者だったり、美術スタッフだったり、
女優だったり、制作スタッフだったり、劇場オーナーだったり…
ミステリーを解いていく中で、ひとびとのこころをつかんでいく度会が、
どんどんと魅力的な小劇団を作り上げていく過程も、興味深い。


作者のこの連作集に対する気合い、みたいなの感じる部分がある。
さだまさしの「もう愛の歌なんて唄えない」をモチーフにした、
一番最初の短編「花をちぎれないほど…」から、引用する。
脚本原作者としてスカウトしたい、響子との会話だ。
響子の参加する同人誌に掲載された、如月という作者の
「もう愛の歌…」をモチーフにした小説を、度会が酷評する。


さだまさしのもと歌は、それだけで小説として読めるほど
 確固とした世界を構築しているから、それに沿った小説を書いただけでは
 歌を越えられません。如月さんの作品内容はそこに気づいていないものでした。
 モチーフ小説を書きたいなら、歌はきっかけにとどめて
 まったく違ったストーリーを展開するなり、
 もっと抽象的な内容の歌を選んで
 そこから自分の世界を作り上げるなりしたほうがよかったでしょう」
小説の冒頭に「もう愛の歌…」を載せた、作者自身に言い聞かせるような口上。
事実、その世界観をうまく使って、
光原百合の作品世界を作っているのだから、またたいしたものなんだが…


続いて、狂言回し、度会の演劇に対する気合いも説明する。
この連作集の演劇に対するスタンスを、はっきりと印象づける口上だ。
如月の小説にも、テクニックはある、とフォローした響子への反論。
「ああ、俺にとっては、うまい文章に描き手は必要ないんです。一番肝心なのは、
 俺に演じたい気を起こさせるほど凄い発想を持っていることですね。
 そして俺が演出過程で演技のために、
 原作をズタズタに切り刻んでも怒らない我慢強さが必須」


なるほど、真理である。仰る通りだと思う。反論はまったくない。
ないんだが、初対面のひとにぶつけるにはかなり刺激的に過ぎる。
この刺激を、演劇に対する熱意と才能ゆえ、と信じさせるのが、
度会とその仲間が発揮する、推理力なのだ。その力は、
ものごとを観る視点に、〝演劇〟というフレームをつけることで得られる、としている。
ひとを演じる、ということは、表層だけを見てなぞるだけでは無理だという。
内面をどう理解し、自分なりの解釈を付け加え、それをどう表現という形で演じきるか。
ここらへんのアプローチがうまいこと説明されることで、
読者は、何の苦労もなく、作品世界に引きずり込まれる。


だから、その後も出てくる芸術論とかの議論も、とても入りやすい。
美術監督をスカウトする「最後の言葉は…」からだ。
「人に見られるのを意識して描くなんぞ。芸術への冒涜だ」
「人にも見られないような絵に何の価値がある」
「芸術とは己の魂の追求だ。人にどう見られようと意味はない」
永遠のテーマでもある、芸術とは何か、みたいな議論だ。
一つ間違えば、読んでいてめんどくさくなるような、芸術論の押しつけになる。
だが、小説世界がきちんとおぜん立てされているから、
自然にしちめんどくさい議論を消化できる。
もちろん、答えは出ないんだけれど、
コマーシャルアートを格下に見るような、
浅薄な考え方を糺すような描写もあって、これまた味わい深い。


芸術どうこうの話が長くなったんだが、
小説の面白さはそこにとどまらないことも、もちろん付け加えたい。
度会はもちろん、魅力的な登場人物が次々と出てくる。
それは「十八の夏 (双葉文庫)」にも通じる、この作者の魅力。
そして、推理のための推理、に陥らない、物語を引き立たせる謎解き。
まあ、すごく突き詰めると、もしかしたら矛盾とかはあるのかもしれないし、
多少なりとも、説明くささがあることは否定しない。
だが、日常ミステリーの味わいって、
推理の過程が最優先項目じゃないから、いいと思う。
小説全体の味わいこそが最優先だし、
それを引き立たせるのが日常ミステリーにおける〝推理〟だと思うから。


十八の夏 (双葉文庫)」みたいに、
泣いちゃう感じのいい話か、というと、あまり涙腺にはこなかったかも。
でも、ほのぼのといい話で、こころがあったまる感じ。
自信を持って、ひと様にもお勧めできる一冊だ。
いや、期待に応えてもらうのって、本当に気持ちいい。
きょうもよい本に巡り合えた、いい一日だった。