黒川博行「疫病神 (新潮文庫)」
さあ、光原百合の新作、と思ってたけど、やっぱり変更。
先日読んだばかりの「国境 (講談社文庫)」の前作だ。
三浦しをん、と光原百合の静かな感じの小説の間に、
ちょいとにぎやかなエンタテイメントを挟むと、また味わいもひとしおかと。
「国境 (講談社文庫)」同様、ぼやき系の、建設コンサルタント・二宮と、
コテコテの関西ヤクザ・桑原がこの作品で挑むのは、産廃施設建設にからむ〝シノギ〟だ。
産廃施設利権にからむ、複雑な構造や、そのスジの方々のシノギなど、
おそらくものすごく詳細なリサーチに基づく描写もさることながら、
関西の〝組〟が入り乱れ、ゼネコンや議員を巻き込んでの騒動に、
図らずも巻き込まれた二宮たちのドタバタぶりが、とにかく読ませる。
「国境」よりかは、いくぶん肩に力が入っているし、
カタルシス的にはほんの少しもの足りない感は否めないが、
やっぱり、そのコテコテ世界はあの「ナニワ金融道」にも通じる、
怖いけど、何だか笑っちゃうような不思議な味わいを醸し出す。
頭は切れるけど、わがままでムチャクチャな桑原は今作でも冴えている。
銃を持っている敵対ヤクザとの修羅場の場面だ。
二宮に向けられた銃を、撃ちたきゃ、撃てと、平然と言い放った桑原だが、
「安全装置外したれ」のひと言で、相手にスキを作る。
まあ、これは古典的だが、その後の二宮とのやりとりだ。
「おれ、小便ちびりそうやった」と二宮。桑原が返す。
〝「ああやって脅しをかけてるうちは危ないことはない。
ほんまに撃つときは、いきなりズドンや」
「安全装置、かかってたんですか」
「そんなもん、見えるかい」
「あいつに、撃てといいましたね」
「おまえを突き飛ばして、わしが逃げるんやないか」〟
本当にヒドい人だ…。
しかし、男気のある〝極道〟桑原の口から出ると、
どこまで本気か、照れ隠しか分からないから、とても感慨深い。
そんな桑原が、頭の切れる部分を見せるトコも面白い。
産廃施設建設を計画する、二宮のクライアント・小畠に触れた会話だ。
二宮が、組筋の介入を心配する。
〝「連中は小畠に手を出したりせんでしょうね」
「小畠には指一本でも触れたら事件になる。事件になったら天瀬の計画はアウトや」
「おれはどうなんです。指一本どころか、ぼこぼこに殴られましたわ」
「おまえは小畠の頭の上を飛び回る蝿や。
叩き落として踏みつぶしても大した影響はない。
そういう価値判断がつまり、極道の器量なんや」
「ほな、川路(敵対ヤクザ)を叩きつぶしたんも、その器量ですか」
「直感と瞬発力や。おまえには才能がないから理解できんやろ」
「おれにはただ、粗暴としか思えんけどね」
「極道はな、粗暴やから極道なんや」〟
ああいえば、こういう。
口が減らない、というか、へ理屈っぽいが、それでも真理をうまく表現する。
理屈と直感の、使い分けのバランス。
最終的には経験とセンスが問われる領域を、見事に表現する。
桑原というキャラクターの個性が光る場面でもある。
しかし、この場面にも関わるが、ホント〝シノギ〟の大変さは、伝わってくる。
別に、その商売をおおやけに肯定しようという気もないが、
地道な作業も含め、ホント大変な商売なんだな、と感慨にふける。
僕のような怠惰な人間には、絶対勤まらない。
というか、僕のようなボケッとした人間では、絶対のし上がれない世界だ。
ホントに現実のところは、どうかわからないけど。
その上、小説では、けっこう苦労の割には報われていない。
そこにこそ、まあエンタテイメントとしての味わいがあったりするんだろうけど、
二宮の苦闘ぶりは、大変だねぇ、とねぎらいの言葉をかけたくなる。
もちろん、そういう苦労を表に出さない桑原の美学もかっこいいんだが。
そうそう、この黒川博行。ギャンブルものでは定評のある作家さんらしい。
小説中の賽ホンビキの場面とか、目の裏がチリチリするような感覚が、
ごく抑えめだが、ねっとりと描写してある。
たぶん、ギャンブル小説感を抑えるため、なのだろうが、
バリバリの賭博小説っぽく書いたら、と想像は膨らむ。
これもまた、楽しみだ。また、書店に寄らないといけない。
ああ、また読まなければいけないものが増えてしまった。
文字どおりのうれしい悲鳴を挙げる。それもまた、たのしだったりする。