梅田ナビオTOHOプレックスで「サイドウェイ」
あの絶妙の味わいを醸し出していた、
切ない系コメディ「アバウト・シュミット」のアレクサンダー・ペイン監督作品。
ああ、もうアカデミー賞の脚色賞も受賞したから、蛇足かしらん?
で、最初に書いとくと、傑作だ。
派手さは全然ないけど、味わいは芳潤にして、複雑。
キャストは地味そのものだが、映画は渋いけど、確かな光沢を放ってる。
おう、いいワインみたいだ。とか気取って書くと、評論家っぽいが、
そんなに気取った映画じゃない。
カリフォルニア・ワインと同様、気取らず観ても、十分に楽しめる。
これは観ないといかんよ。とお勧めしたくなる一本だった。
ちなみに、ワインがモチーフになってるので、
ワインを飲まない人は不安に感じるかもしれないが、全然大丈夫だ。
ちなみに僕はレストランでは、お店の人に好みを伝えて、持ってきてもらう派。
だから、名前なんてブドウの品種くらいしか知らないが、
さまざまなワインが出てきても、何の問題もなく楽しめた。
そういえば、この映画を知ったのは、いつだったか忘れたが、
監督の名前と簡単なプロット聞いた瞬間、とにかく観たくなった。
あの「アバウト・シュミット」の、切なかったり、情けなかったり、笑っちゃったり…の味わい。
登場人物の人生ののトホホぶりに、
泣き笑いと失笑(映画のレベルに、ではなく…)が複雑に混じり合った笑いが起こる、
あの作品世界が、また観られるのかな、と。
それも主演は、ポール・ジアマッティだったりする。
「マン・オン・ザ・ムーン」、「ビッグママズハウス」、「ストーリーテリング」などなど、
何ともいえない味を出していたあの名脇役。
と思っていたら「アメリカン・スプレンダー」に主演して驚かしてくれたもんだ。
今回も主役、と聞いて期待は膨らむばかりだった。
いや、ショボい中年男にときめくのもナニか、とは思うけどね。
主人公は小説家志望の冴えない英語教師のマイルス。
かなりのワイン通だが、生来のふさぎ屋で、
3年前の離婚以来、負け犬傾向は強まるばかりのダメオトコ。
週末に結婚を控えた、女好きの陽気な三流俳優、ジャックと、
カリフォルニアはサンタバーバラのワイナリーをめぐる旅に出る。
いってみれば、バチェラー・パーティーみたいなもんだが、
マイルスの目的はもちろんワイン、ジャックの目的はもちろんんナンパ。
ワインを語れるいいオンナ、マヤとステファニーとの出会いが、
二人の旅に、ロマンチックな彩りを添えていく。
このマイルスのキャラクターの描写が絶妙だ。
ワインの知識とかも、すごいんだが、基本的にネガティヴ。
別に気取ってるわけではないんだが、
落ち込みやすい性格と、うまく肩の力を抜けない気性が災いして、
せっかくの知識も、ワインを楽しむ方向に使えないことが多い。
お好きなブドウの品種はピノ・ノワールだそうだが、
理由は繊細で育てにくい品種だから、というくらい。
おまけに、離婚したもと妻ヴィクトリアに未練たらたらだから、
ものごとに対し、前向きに向き合えない。
マイルスは、ワインマニアとあって、
61年物のシャトー・シュバル・ブランという絶品のワインを持っている。
もう、飲み頃としてはまさにピークなんだが、飲まない。
「特別な日に」といってるのは、言い訳だ。
女性に対しても、相手がサインを送ってきたって、腰を引く。
もう、負けるのが嫌だから、常に逃げ続けているのだ。
反対に連れのジャックは、例えればカベルネ・ソーヴィニョン種だったりする。
マイルスいわく
「カベルネは、放っておいてもちゃんと成長する」。だから
「力強く華やかだが、ぼくにはつまらない」。
単純では、ダメなのだ。
ジャックみたいにワインのコトなんか何にも知らないけど、
いい女と、おいしく飲んで、おいしいもの食べて、楽しんで…というように、
シンプルに楽しむべきは、楽しむ、というスタンスが取れない。
そんな二人のロード・ムーヴィーは、それだけでも十分楽しめるのは保証付きだ。
だが、この人生の悲喜こもごも、おもに悲哀だったり、切なさだったりを、
独特の感覚のコメディに仕立て上げる、その味わいが加わる。
もう、ぞれは絶妙という言葉を、また使っちゃうけど、
まさに絶妙としかいいようがないのだ。
その味わいを醸し出すのは、マイルス=ジアマッティだけじゃない。
ジャック役のトーマス・ヘイデン・チャーチも、最高だ。
バカっぽいし、悪いオトコだし、どうしようもないんだけど、
人を惹きつける魅力にあふれた、いいオトコを見事に演じきってる。
いや、ひどい人物だとは思う。
だって、バツイチ子持ちの30代のステファニーに対し、
ステファニーの母親と、娘と一緒に遊びに行ったり、
将来はブドウ園を持ってみたい、みたいな夢を語ってみたり…
もちろん、週末に控える結婚に、疑問を感じていたりもするのだが、
ステファニーからしてみれば、こんなにひどい裏切りってないでしょ。
もちろん、許せないんだが、「もう、しょうがないな、こいつは」と、
思えてくるような魅力を発散してるから、これがすごい。
もちろん、ジャックだって成功者じゃない。
マイルス同様、どこかに〝負け犬〟を飼っている。
ああ、あの遠ぼえする、流行のと誤解なきよう。いわゆる〝Loser〟だ。
タレントとしては落ち目、どうしようもない女好きも直せないし、
正直、洗練された人間ではない。
まあ、色々な人間が飼っている〝負け犬〟を、
各種取りそろえている〝負け犬〟のデパート、マイルスには負けるんだが。
そう、話がだいぶよれたが、この映画の味わい、の話だった。
マイルスたちの〝負け犬〟ぶりは、
観客にとっても単純に笑い飛ばせる種類のものではない。
誰にでもある、〝負け犬〟の部分を、どう受け入れ、どう人生を楽しむか。
マイルスは映画の最後まで人生の達人たり得ないけど、
少しだけ、何かを楽しんだりすることを思い出す。
離婚のダメージから抜けきれず、
どこか逃げてばかりだった人生の風向きを、少しだけ変える。
それは、別に説教くさく演じられるわけでなく、
ジャックとのドタバタの旅の中から、かすかなニュアンスで感じ取っていく。
見終わって、別に涙が止まらない、というわけではない。
それは「アバウト・シュミット」にも同じく。
だが、こころには深い余韻を残し、染みていく。
映画の中で起こった事実だけを並べていくと、いいことなんて、たいしてない。
だが、いいなあ、と心地よい酔いが、こころに染み渡る。
本当にいい映画にめぐりあったな、と実感できた。
しかし、気になることもある。
これ、10年前だったらこの映画、ここまで楽しめただろうか、と。
人生もなかばにさしかかったからこそ、味わいが感じられたんじゃないだろうか。
それは僕自身も熟成のときを得たから、と考えればいいとは思う。
だが、こういうの、もっと平たくいうと、歳を取った、というのか…
せっかく映画の中で、
「ピークを境にワインはゆっくり坂を下りはじめる。
そんな味わいも捨てがたいわ」
という名セリフがあったのに、僕は全然学習できていないかも…
いや、ホント熟成の領域に達するのは難しい。
間違って、ヴィネガーになっちゃったりしないよう、気をつけよっと。