梅田ナビオTOHOプレックスで「サイドウェイ」

mike-cat2005-03-07



あの絶妙の味わいを醸し出していた、
切ない系コメディ「アバウト・シュミット」のアレクサンダー・ペイン監督作品。
ああ、もうアカデミー賞の脚色賞も受賞したから、蛇足かしらん?


で、最初に書いとくと、傑作だ。
派手さは全然ないけど、味わいは芳潤にして、複雑。
キャストは地味そのものだが、映画は渋いけど、確かな光沢を放ってる。
おう、いいワインみたいだ。とか気取って書くと、評論家っぽいが、
そんなに気取った映画じゃない。
カリフォルニア・ワインと同様、気取らず観ても、十分に楽しめる。
これは観ないといかんよ。とお勧めしたくなる一本だった。


ちなみに、ワインがモチーフになってるので、
ワインを飲まない人は不安に感じるかもしれないが、全然大丈夫だ。
ちなみに僕はレストランでは、お店の人に好みを伝えて、持ってきてもらう派。
だから、名前なんてブドウの品種くらいしか知らないが、
さまざまなワインが出てきても、何の問題もなく楽しめた。


そういえば、この映画を知ったのは、いつだったか忘れたが、
監督の名前と簡単なプロット聞いた瞬間、とにかく観たくなった。
あの「アバウト・シュミット」の、切なかったり、情けなかったり、笑っちゃったり…の味わい。
登場人物の人生ののトホホぶりに、
泣き笑いと失笑(映画のレベルに、ではなく…)が複雑に混じり合った笑いが起こる、
あの作品世界が、また観られるのかな、と。


それも主演は、ポール・ジアマッティだったりする。
マン・オン・ザ・ムーン」、「ビッグママズハウス」、「ストーリーテリング」などなど、
何ともいえない味を出していたあの名脇役
と思っていたら「アメリカン・スプレンダー」に主演して驚かしてくれたもんだ。
今回も主役、と聞いて期待は膨らむばかりだった。
いや、ショボい中年男にときめくのもナニか、とは思うけどね。


主人公は小説家志望の冴えない英語教師のマイルス。
かなりのワイン通だが、生来のふさぎ屋で、
3年前の離婚以来、負け犬傾向は強まるばかりのダメオトコ。
週末に結婚を控えた、女好きの陽気な三流俳優、ジャックと、
カリフォルニアはサンタバーバラのワイナリーをめぐる旅に出る。
いってみれば、バチェラー・パーティーみたいなもんだが、
マイルスの目的はもちろんワイン、ジャックの目的はもちろんんナンパ。
ワインを語れるいいオンナ、マヤとステファニーとの出会いが、
二人の旅に、ロマンチックな彩りを添えていく。


このマイルスのキャラクターの描写が絶妙だ。
ワインの知識とかも、すごいんだが、基本的にネガティヴ。
別に気取ってるわけではないんだが、
落ち込みやすい性格と、うまく肩の力を抜けない気性が災いして、
せっかくの知識も、ワインを楽しむ方向に使えないことが多い。
お好きなブドウの品種はピノ・ノワールだそうだが、
理由は繊細で育てにくい品種だから、というくらい。


おまけに、離婚したもと妻ヴィクトリアに未練たらたらだから、
ものごとに対し、前向きに向き合えない。
マイルスは、ワインマニアとあって、
61年物のシャトー・シュバル・ブランという絶品のワインを持っている。
もう、飲み頃としてはまさにピークなんだが、飲まない。
「特別な日に」といってるのは、言い訳だ。
女性に対しても、相手がサインを送ってきたって、腰を引く。
もう、負けるのが嫌だから、常に逃げ続けているのだ。


反対に連れのジャックは、例えればカベルネ・ソーヴィニョン種だったりする。
マイルスいわく
カベルネは、放っておいてもちゃんと成長する」。だから
「力強く華やかだが、ぼくにはつまらない」。
単純では、ダメなのだ。
ジャックみたいにワインのコトなんか何にも知らないけど、
いい女と、おいしく飲んで、おいしいもの食べて、楽しんで…というように、
シンプルに楽しむべきは、楽しむ、というスタンスが取れない。


そんな二人のロード・ムーヴィーは、それだけでも十分楽しめるのは保証付きだ。
だが、この人生の悲喜こもごも、おもに悲哀だったり、切なさだったりを、
独特の感覚のコメディに仕立て上げる、その味わいが加わる。
もう、ぞれは絶妙という言葉を、また使っちゃうけど、
まさに絶妙としかいいようがないのだ。


その味わいを醸し出すのは、マイルス=ジアマッティだけじゃない。
ジャック役のトーマス・ヘイデン・チャーチも、最高だ。
バカっぽいし、悪いオトコだし、どうしようもないんだけど、
人を惹きつける魅力にあふれた、いいオトコを見事に演じきってる。
いや、ひどい人物だとは思う。
だって、バツイチ子持ちの30代のステファニーに対し、
ステファニーの母親と、娘と一緒に遊びに行ったり、
将来はブドウ園を持ってみたい、みたいな夢を語ってみたり…
もちろん、週末に控える結婚に、疑問を感じていたりもするのだが、
ステファニーからしてみれば、こんなにひどい裏切りってないでしょ。
もちろん、許せないんだが、「もう、しょうがないな、こいつは」と、
思えてくるような魅力を発散してるから、これがすごい。


もちろん、ジャックだって成功者じゃない。
マイルス同様、どこかに〝負け犬〟を飼っている。
ああ、あの遠ぼえする、流行のと誤解なきよう。いわゆる〝Loser〟だ。
タレントとしては落ち目、どうしようもない女好きも直せないし、
正直、洗練された人間ではない。
まあ、色々な人間が飼っている〝負け犬〟を、
各種取りそろえている〝負け犬〟のデパート、マイルスには負けるんだが。


そう、話がだいぶよれたが、この映画の味わい、の話だった。
マイルスたちの〝負け犬〟ぶりは、
観客にとっても単純に笑い飛ばせる種類のものではない。
誰にでもある、〝負け犬〟の部分を、どう受け入れ、どう人生を楽しむか。
マイルスは映画の最後まで人生の達人たり得ないけど、
少しだけ、何かを楽しんだりすることを思い出す。
離婚のダメージから抜けきれず、
どこか逃げてばかりだった人生の風向きを、少しだけ変える。
それは、別に説教くさく演じられるわけでなく、
ジャックとのドタバタの旅の中から、かすかなニュアンスで感じ取っていく。


見終わって、別に涙が止まらない、というわけではない。
それは「アバウト・シュミット」にも同じく。
だが、こころには深い余韻を残し、染みていく。
映画の中で起こった事実だけを並べていくと、いいことなんて、たいしてない。
だが、いいなあ、と心地よい酔いが、こころに染み渡る。
本当にいい映画にめぐりあったな、と実感できた。


しかし、気になることもある。
これ、10年前だったらこの映画、ここまで楽しめただろうか、と。
人生もなかばにさしかかったからこそ、味わいが感じられたんじゃないだろうか。
それは僕自身も熟成のときを得たから、と考えればいいとは思う。
だが、こういうの、もっと平たくいうと、歳を取った、というのか…
せっかく映画の中で、
「ピークを境にワインはゆっくり坂を下りはじめる。 
 そんな味わいも捨てがたいわ」
という名セリフがあったのに、僕は全然学習できていないかも…
いや、ホント熟成の領域に達するのは難しい。
間違って、ヴィネガーになっちゃったりしないよう、気をつけよっと。