ポール・オースター「ティンブクトゥ」

mike-cat2007-04-22



〝犬のミスター・ボーンズは考えた。
 優しかったウィリーに再会するために、ティンブクトゥへ行こう――〟
表紙の可愛さに釣られ、買ってはみたものの、
なかなか読み始められなかった1冊、だったりする。
〝オースターの最高傑作ラブ・ストーリー
表紙を見ただけで、とてつもない感動オーラが醸し出される。


かつて、ケビン・ベーコン主演の「マイ・ドッグ・スキップ」で、
始まったと同時に涙がこぼれてきてしまった、というくらい、
犬の物語には弱い。ネコ飼いなんだが、弱いといったら弱いのだ。

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それを考えると、「読みたい! でも、ちょっとこわい…」な感覚。
それもあってか、長らく積ん読状態で、塩漬けになっていたのだ。


犬のミスター・ボーンズの相棒にして飼い主は、放浪詩人のウィリー。
人語を(聞くだけなら)解するミスター・ボーンズは、
ウィリーにとって対等な友人であり、おしゃべりの相手でもあった。
しかし、そんなウィリーも病気と無理な生活がたたって、余命はあとわずか。
最後の旅と、たどり着いたボルチモアで、
ミスター・ボーンズは、厳しい試練と対峙することになる―


序盤からもう、涙腺全開モードである。
〝ミスター・ボーンズは知っていた。ウィリーはもはや先行き長くない。〟
書き出しからしてこれである。大丈夫? 不安が頭にこびりつく。
〝独りぼっちの犬なんて、死んだ犬とさして変わらない。
 ひとたびウィリーが息を引きとったら、
 あとはもう自分自身の死が続いて訪れるのを待つばかりだろう。〟
もう、ここたへんで「やっぱり読むのをやめようか」と思うくらい、胸が苦しくなる。


だが、読み続けると、物語は、そんな切なさだけではないことがすぐわかる。
ミスター・ボーンズとウィリーの絆であったり、
ニューヨークからも、ボルチモアからも遠い〝人が死んだら行く場所〟、
ティンブクトゥでの、ミスター・ボーンズとウィリーの不思議な対面であったり、
新しい生活、新しい誰かを探すミスター・ボーンズの果てしなきたびであったり、
ミスター・ボーンズと出会う人々それぞれの物語であったり…
「我が輩は猫である」とはまたひと味違う、人間の世界を見つめる犬の世界。
時に淡々としたテンポで、そして時に濃密な白昼夢の如く展開する物語は、
ひとことでは表現しきれない、複雑で深みのある味わいに満ちている。


それでも、一度ゆるんだ涙腺は、終盤に近づくにつれ、ますます歯止めが利かなくなる。
感動のラスト、こう書いてしまえば、あまりに安っぽいが、
これを〝感動のラスト〟と呼ばずして、何を〝感動のラスト〟と呼ぼうか、というやつである。
お涙ちょうだいとは一線を画しながら、感動の涙を誘わずにはいられない。
犬ものが好きだとか、嫌いだとか、そういうのは関係なしに素晴らしい作品だと思う。
とりあえず、ラストを人前で読まなくてよかった、と、ひと安心して本を閉じた。
そして表紙を見ると、また涙がこみ上げてくる。
オースター作品はさほど網羅していないので、断言はしづらいが
最高傑作のひとつ(ちょっと矛盾もあるが…)ではあるだろうと思う。



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ティンブクトゥ
ポール・オースター〔著〕 / 柴田 元幸訳
新潮社 (2006.9)
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