浅田次郎「月島慕情」

mike-cat2007-03-28



〝あたし、あんたのおかげで、やっとこさ人間になれたよ 〟
姫椿 (文春文庫)」「鉄道員(ぽっぽや) (集英社文庫)」の浅田次郎、最新短編集。
〝月島に行ったら、幸せになれる―
 やっと自由を手に入れた吉原の太夫は、
 愛する男の住む“夢の島”へ思いを馳せるが……〟
切ない香りに満ちた表題作など、7編の珠玉の物語たち―


「月島慕情」の舞台は吉原、時は明治の世。
ふるさとの村から吉原に売り飛ばされた少女ミノはいつしか、
吉原の楼閣「亀清楼」の金看板、生駒太夫として、齢三〇を迎えた。
2度の破談を乗り越え、3度目の正直となる、身請け話にこころ浮き立つ生駒。
しかし、そんな生駒の前にさらけ出された、悲しい秘密―


ここで、オビの「やっとこさ人間に〜」という言葉が飛び出すわけだ。
見離され、裏切られ、幸せとは縁遠かったミノが、ようやく目前にしたほんとうの幸せ。
それでも、ミノの決断は、気高く、尊く、そして切ない
「あたしね、この世にきれいごとなんてひとっつもないんだって、よくわかったの。
 だったら、あたしがそのきれいごとをこしらえるってのも、悪かないかなって思ったのよ」
もう、冒頭から、いきなり涙がこぼれそうになる一編なのである。


「供物」は、
かつて苦しめられた元の夫の葬式に向かう初江の物語。
振り捨てた過去と再び向き合ったとき、初江の胸を貫くものは―、という話。
口に出せたのは、たった一言。だが、その一言の重みに、グッとなる。


「雪鰻」は、
元帝国陸軍の軍人と、根っからの自衛隊士官がまだ混在していた、
〝不安定で、曖昧な、猥褻な〟昭和40年代の自衛隊駐屯地が舞台となる。
雪の降りしきる真夜中、蒲焼きを抱えて駐屯地に戻った師団長の語る、昔話。
人間の尊厳と、最高の鰻をめぐる、切ない物語に、これまたシビれる。


「インセクト」は、
多少悪趣味な風合いをつけた、田舎育ちの青年と、愛を知らない幼い少女の物語。
〝東京の礼儀〟に戸惑い、疎外感を味わう青年の、寂しい決断が泣かせる一編だ。


〝弔いのかたちは死者の人格を語るという。その人生を、ではなく、品性を、である。〟
との書き出しで始まる「冬の星座」も、なかなかベタな泣かせが入った、らしい一編だ。
医大で解剖学を教える雅子のもとに飛び込んできた祖母の訃報。
ひょんなきっかけから、落第寸前の学生とともに、通夜に向かうが…
次々と現れる通夜の客が、祖母の品性を浮き彫りにしていく。


「めぐりあい」は、若くして視力を失った時枝の物語。
不幸な生い立ち、そして光を失いゆく目がもたらした悲恋の思い出―
その悲しみを乗り越え、人生の黄昏時を生きる、時枝の優しさが一瞬、切なく映る。
だが、そんな中にも幸せを見つけていく、強さとけなげさに、胸を打たれるのだ。


「シューシャインボーイ」は、ちょっとミステリー風味を効かせた、人情話。
リストラを言い渡す労苦に疲弊し、銀行をやめた塚田の再就職先は、ワンマン社長の運転手。
粋を尊ぶ社長の、ある秘密を目にした塚田は、意外な事実に出くわすことになる。


戦後間もない時代。ひとりぼっちで焼け跡を彷徨っていた少年を、男は拾った。
面倒は見るが、厳しい言葉もかける。
「世間のせいにするな。他人のせいにするな。親のせいにするな」
「でも、おいらのせいじゃないよ」
「いいや、おまえのせいだ。男ならば、ぜんぶ自分のせいだ」
誰も同情なんてしてくれない。ならば、拗ねて見せても何もならない。
いっそ、自分のせいにすれば、腹もくくれる。
そんな武骨で不器用な愛情が、最後に登場する手紙でグッと伝わる。
心地よい涙を誘う「ありがたう ありがたう」
これほどベタな話もそうはないが、泣かずにいられない。


どの作品も、演歌でいえば、コブシがぐりんぐりん回っているような、浅田節の真骨頂。
ベタにクサいが、やけに旨い、手練れの技を味わい尽くすことができる1冊だ。
そうそう、間違っても、電車の中では読まないこと。
ひと目をはばからず泣くのもいいが、
存分に涙を流せる環境で、思いっきり泣くのが、やはりお勧めだ。


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月島慕情
月島慕情
posted with 簡単リンクくん at 2007. 3.27
浅田 次郎著
文芸春秋 (2007.3)
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