森見登美彦「四畳半神話大系」

mike-cat2007-03-13



〝無意味で楽しい毎日じゃないですか。何が不満なんです?〟
夜は短し歩けよ乙女」の森見登美彦による既刊本。
〝「太陽の塔 (新潮文庫)」から1年―――。
 再びトンチキな大学生の妄想が京都の街を駆け巡る!〟
「夜は短し〜」の天狗こと樋口さんや羽貫さんも登場する、
京都を舞台にした、パラレルワールド・ファンタジーだ。


京都の大学に通う〝私〟は、ある鬱屈を抱えていた。
三回生の春までの二年間、実益のあることは何ひとつしていない。
サークルの選択を間違い、唾棄すべき親友、小津に唆され、
愛すべきわが四畳半での、無為な日々を送る〝私〟。
魑魅魍魎がそこかしこで顔を出す京都の街を、迷走する〝私〟。
頭をよぎるのは、「もし、あの時の選択が間違っていなかったら…」だった−


〝今やこんなことになっている私だが、
 誕生以来こんな有り様だったわけではないということをまず申し上げたい。〟
いずれも、こんな書き出しで始まる4編は、
〝もしも、あの時違う選択をしていたら〜〟による4つのパラレルワールドを描く。
主人公や時系列を変え、さまざまな物語を描く連作小説ではなく、
ひとりの主人公、同じ時系列で違う物語を描く、一種の〝並作小説〟といったところか。


桜の葉が青々と繁る、2年前の4月。大学構内を歩いていた〝私〟の選択肢は4つ。
映画サークル「みそぎ」に、「弟子求ム」の奇想天外なビラ、
ソフトボールサークル「ほんわか」、そして秘密機関<福猫飯店>。
どれを選んでも、まったく違うキャンパスライフが待っていた――、はずだった。
だが、この小説のパラレルワールドはどれも、似たり寄ったり、の物語だ。
結局のところ、〝私〟のキャンパスライフは無為であり、混沌に満ちている。
だから、4つの物語に共通の事件、共通の登場人物、共通の感情は数多く登場する。


それなら、わざわざ4つの物語を作るなんて…、とならないのがミソなのである。
結局のところ同じ、という作品全体を通じたギャグというか、皮肉ももちろんポイントだが、
その中で描かれるひとつひとつの物語は同じ風合いを持ちながら、
どこか一つ一つに特徴的な味わいが際立つ、何とも矛盾した魅力に満ちているのだ。


まるでデジャヴのように、そのパラレルワールドの存在をほのかに感じ取る〝私〟。
隣の芝生は〜、じゃないが、ほかの選択なら、と後悔ばかりしている〝私〟。
同じ事件の中で、まったく立場は違うのに、同じような振る舞いをしてしまう〝私〟。
そんなSF的な部分を、うまく青春コメディの要素に用いている点が、とても斬新に思える。


樋口さん&羽貫さんの原点というか、そんなあたりも、
「夜は短し〜」から入った読者にとってはうれしいボーナスみたいなものだ。
あの、独特の変人ぶりは(もちろん、こちらが先だが)健在で、
読んでいる最中に、思わず思い出し笑いをしてしまいそうになる。


オビにもある〝無意味で楽しい毎日〟への懐古もしつつ、楽しめる1冊だ。
もちろん、同じ文章の読み直しもあるから、時にややきついこともあるが、
いまさらながら、読んでよかった、読み逃さないでよかった、と思える作品だと思う。
きつねのはなし」もこれまた遅ればせながら、ぜひぜひ読んでみなければならないだろう。


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四畳半神話大系
森見 登美彦著
太田出版 (2005.1)
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