森見登美彦「新釈 走れメロス 他四篇」

mike-cat2007-03-18



〝あの名作が、京の都に甦る!?
 暴走する恋と友情――
 若き文士・森見登美彦近代文学リミックス集!〟
表題作の太宰治「走れメロス」に、中島敦「山月記」芥川竜之介「藪の中」
坂口安吾「桜の森の満開の下」森鷗外「百物語」を現代流&森見登美彦流に〝新釈〟。
四畳半神話大系」「夜は短し歩けよ乙女」のテイストを存分に効かせつつ、
ボンクラ大学生たちが狂騒曲を奏でつつ、京都の街を闊歩する。
〝異様なテンションで京都の街を突っ走る表題作をはじめ、
 先達への敬意(リスペクト)が切なさと笑いをさそう、五つの傑作短編。〟


5編を通じて登場する、一種の狂言回し的なキャラクターは、斎藤秀太郎
〝京都吉田界隈にて、一部関係者のみに勇名を馳せる孤高の学生〟であり、
〝杯盤狼藉に及ぶことは滅多になく、桃色遊戯や単位取得といった俗事に色目をつかうこともなく、
 たいていはドストエフスキー的長編小説の完成を目指して、くしゃくしゃと一心不乱に〟書くボンクラだ。
そんな斎藤秀太郎が、本家「山月記」の虎となった李徴よろしく、大文字山で化ける。
カカカと笑えて、どこか切ない、そんな「山月記」リミックスから、
恋人たちの在り方をしっぽりと描いた映画「屋上」をめぐる多角的な視点の物語「藪の中」へ、
詭弁に満ちた、奇妙な友情を描いたコメディ・ミックス「走れメロス」で笑いを誘った後は、
桜の森の満開の下」で、いつしか姿を変えてゆく夢を描き、切なさを誘う。
そして、森見くんが登場する、自伝めいた「百物語」では、一風変わった恐怖を描いている。


正直「走れメロス」ですら、おおまかなストーリーしか覚えていないと言う、
まさに不覚な読者であるが、それでもそこに通じる物語のスピリットはグイッと伝わってくる。
あとがきで作者自身が語っている、それぞれの作品への愛着。
〝「山月記」は、虎になった李徴の悲痛な独白の力強さ。
 「藪の中」は、気に縛りつけられて一部始終を見ているほかない夫の苦しさ。
 「走れメロス」は、作者自身が書いていて楽しくてしょうがないといった印象の、
 次から次へと飛びついていくような文章。
 「桜の森の満開の下」は、斬り殺された妻たちの死体のかたわらに立っている女の姿。
 「百物語」は、賑やかな座敷に孤独に座り込んで目を血走らせている男の姿〟
そのどれもが、元ネタを覚えていない(読んでいない)読者にも、明解に見えてくる。


そこにまぶされる、モラトリアムそのものの雰囲気もまた、たまらない。
森見作品でお馴染みの面々やクラブ、そして学生時代の風景としての京都が、
何だか、いろいろなことが大ごとに感じたり、大げさにリアクションしたり…
もう、(たぶん)戻ることのできない、あの頃。
特に「走れメロス」で描かれる友情と、「百物語」の〝私〟が味わう切なさが抜群だ。
そんな一種の、懐かしい感情を思い起こさせ(別に京都で学生時代を送っていないが)、
切なさと可笑しさがないまぜになった気持ちを味わわせてくれる。


さらっと楽しく読むもよし、じっくり味わって読むもよし。
近代文学の名作の精神と森見登美彦の世界をともに満喫できる。
願わくば第2弾を、なんて思ってしまうくらい、贅沢な1冊とも言えるだろう。
森見登美彦、つくづく深い。もっともっと読み進める必要がありそうだ。


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〈新釈〉走れメロス
森見 登美彦著
祥伝社 (2007.3)
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