山田詠美「風味絶佳」

mike-cat2005-06-06



この作家は「蝶々の纏足・風葬の教室 (新潮文庫)」とかの系統が好きだ。
「ベッドタイムアイズ」とか、あちらの方のイメージが強くて、
長い間敬遠していたのだが、知人の紹介で読んでみたら面白くて、
一時期けっこうはまった記憶がある。
この作品は、一目見た時から気になりながらも、何となく読みそびれていた。
しかし、これだけ評判がいいなら、読んでみなければ、と手に取った。


で、読んでみると、やはり満足。
この微妙な味わい。とても好きだ。
6編の短編は、いずれもガテン系、というか肉体を使った仕事に携わる
(むろん、まるで使わない職業なんて、ないんだが…)オトコをめぐるお話だ。
肉体を使った仕事、と聞くと、やはり豪快さが特徴かと思いきや、
その力強さに潜む、作業の繊細さだとか、優雅さをうまく描ききる。
それどころか、そこに、オトコの魅力というか、フェロモンすらにおわせる。
ある意味、〝オンナが感じるオトコのエロス〟を知り抜いた、
山田詠美ならではの作品ではないか、と思う。


最初の一遍「間食」の主人公、雄太は26歳の鳶職だ。
15歳も歳上の加代と暮らしながら、はたち過ぎの花とも遊ぶ。
加代は雄太を愛玩し、雄太は花を愛玩する、
その〝食物連鎖〟が、とても印象的だ。
なるほど、愛玩という行為は、〝する側〟を利する行為だな、とあらためて思う。
世捨て人のような、鳶の同僚、寺内から
「(加代も、雄太も)溜まってたんでしょ?」と尋ねられ、
悩む雄太の心情がひたすら面白い、いきなりの傑作だ。


「夕餉」でのモチーフとなる職業は、清掃局の職員だ。
生まれや育ちを鼻にかける、こころの通わない夫との生活を捨て、
日ごろ顔を合わせていた清掃局員のもとに遁走した主婦の話。
冒頭は、いきなりの独白。
〝私は、男に食べさせる。それしか出来ない。
 私が作るおいしい料理は、彼の血や肉になり、わたしに戻って来る。〟
何とも含蓄のある言葉で、あっという間に物語に引き込まれる。


表題作の「風味絶佳」は、〝ガスステイション〟に務める〝私〟と、
徹底的なアメリカかぶれの祖母、不二子の話だ。
かつての恋人への想いを胸に、70歳にもかかわらず、
若いオトコを取っ換え引っ換えにする不二子に翻弄される〝私〟が笑える。
不二子に徹底的に仕込まれた過剰なレディ・ファーストも、
日本の若い女のコへの受けはいまひとつ。
振り回されながら、でも、成長する〝私〟の姿も興味深い。


「海の庭」のモチーフは引っ越し業者だ。
離婚した母親の幼馴染みの、作並くん。
幼少時を過ごした実家に戻った母と、作並くんの〝セイシュンのやり直し〟が、
何だかほほ笑ましくって、でも、娘にはくすぐったくって、が面白い。


「アトリエ」の主役は、汚水槽の清掃業者の祐二。
スナックで働いていた暗いオンナ、麻子と暮らしている。
麻子は、こうだったら、自分に納得がいく、という〝願望の過去〟がある。
「父はアルコール依存症で入退院をくり返し働かず〜
 幼ない頃から酔った父に性的虐待を受けていて恐怖と戦う毎日〜
 母は〜父に殴られ続け半殺し〜弟は威嚇するために手にした包丁で〜」
という、まことに悲惨な〝願望の過去〟を持つ麻子だけに、どこかが壊れてる。
そして、妊娠を契機に、麻子の崩壊は、歯止めがきかなくなる…


「春眠」のモチーフは、葬祭業者の親子。
学生時代から恋心を抱き続けた弥生が、
気づいたら父、梅太郎の妻になってしまった、というまことにさえない話。
弥生への想いを断ち切れない、章造のぐずぐずぶりが、なんとも味わい深い。


いずれも濃ゆく、まことに風味のある6編。
読み終えると、思わずため息がもれる。
カロリーの高さもかなりのものなので、
完全に消化するまでには時間がかかりそうだが、充実の一冊だ。
作者自身が敬愛する、肉体を使った仕事を〝描写欲〟のままに
「物書きになって二十周年の区切り」として書いた「贅沢な仕事」だそうだ。
この時点での集大成、といえるだけの、読み応えだ。
なるほど、風味絶佳な作品だったな、と。