あの日のあなた、に揺れる想い

疲れるけど、いい小説です♪

藤堂志津子「あの日、あなたは」。ISBN:4167544148
けっこうひさしぶりの藤堂志津子作品。
この人の作品は、直木賞の「熟れてゆく夏」ISBN:4167544016 もそうだけど、
その文体の読みやすさと、作品に漂う倦怠感のミスマッチがたまらない。
爛れた、までいかないが、何となくルーズな恋愛模様なんだけど、
それだけを目的にした小説でないところが、味わい深い。
でも、一方で2冊続けて読む気にはならない作家さんでもある。
以前、同じことをいっていた本好きがいたので、僕だけの感覚じゃないみたい。


初長編だそうだ。1989年作品。いや、懐かしい。もうひと昔になっちゃった。
当時のくっだらないバブルっぽい小説とは一線を画すけど、
そこはかとなく、あの時代の雰囲気は伝わってくる。
いや、いい時代だったんだな、という気はする。
しかし、その時代に社会人になってたら、
たぶんいまの時代が空しく感じるかもしれないから、いいかな。


学生時代からの友人、勇介を10年来想い続ける、フリー編集者の郁子。
親友の協子とともに、「嵐が丘」や「ジェーン・エア」で知られる、
ブロンテきょうだいの一人、ブランウェルに男の理想像を追う。
幼い頃からその聡明さで、シャーロットやエミリに大きな影響を与えながら、
破天荒な生き方で、31歳で散った才人だ。
ハンサムだが、能天気に天衣無縫な勇介が、
かつての恋人・協子に捨てられた際の涙を忘れられない郁子。
だが、勇介は郁子の気持ちにはまったく気付ない。
だが、ようやく勇介が、郁子へ気持ちを向けた時、
郁子は自分にとってのブランウェルとの出会いを果たしていたのだった。


というわけで、揺れる郁子の気持ちがつらつらと語られていくわけだが、
その郁子のブランウェル、圭哉が、何と「自称・ジゴロ」。
ここらへん、バブルっぽいな。なかなか、ふむふむだ。
いわゆる、ヒモとは違うってとこも、いい。ケチくさくない。
仮に自分がどっちになりたいか、といわれるとジゴロだけど、
そんな才能もないしな、ヒモでいいや。
ヘンなプライドさえ捨てれば、かなり楽そうだし。
って、あくまでに仮に、かな。別にヒモになりたいわけじゃないし。


だが、それより難しい相手なのが、郁子が想い続けた相手、勇介だ。
「観光用絵葉書みたいな」万人向きの口当たりのいい男。
だけど、ニブい。決定的にニブい。
「いい人」だけど、かなり始末に負えないタイプだ。
なりたくないな、こういう人間には。
ま、自分がそんな口当たりのいい人間じゃないのは、
分かりきってることだから、別にいいんだけどね。


熱くなるような圭哉との想いと、くすぶるような勇介への想いの間で揺れる郁子。
ううん、まさにバリバリの恋愛模様が展開される。
けっこう投げやりになってしまったり、行動はなかなかわかりやすくて、面白い。
勇介からプロポーズまで受けながら、想いは圭哉に傾く。
でも、勇介への気遣いから、圭哉とのことを伝えられない。
毎晩のようにしこたまよ酔って、勇介のもとに通う郁子。
こうした行動を陳腐と感じるか、「ううん、理解できるかも」と感じられるか、
そこらへんが、この小説を楽しめるかのリトマス試験紙かも。
懐かしいな、リトマス試験紙。突然思い出した。


ちなみに、毎晩通ってくる郁子の行動に対する、勇介の思考が笑えて、泣ける。
オトコのアホさ、というやつが伝わってくる。
この著者が、オトコのしょうもなさを嘆きつつも、愛しく思っている部分なんだろう。


切ないようで、希望には満ちている。
だけど、ハッピーエンドではない形で、小説は終わりを告げる。
読んでいる自分の気持ちも微妙に乱れる。
どんな結末がよかったのか、いまいちわからない。
決して、すっきりした気持ちとはいえないが、どこか心地よい。
薄い本なのに、読み終えて、疲れた感覚はぬぐえない。
色々考えさせられる小説だったな、と、結局は月並みな感想。
なんで、こんなとこで文才の欠如を痛感させられてるんだ。あーあ、複雑…