慟哭のアポロチョコレート

mike-cat2004-08-16

というわけで「誰も知らない」だ。
何が、というわけ、なのかわからんが。で、アポロチョコだ。
こんなにアポロチョコで泣いたことはなかった。
マーブルチョコでも泣くかも知れないが、チョコベビーではどうか?
ここまで書くと意味不明だが、まあ、そのくらい(どのくらいだ…)
アポロチョコが効果的に使われている。
ある登場人物が愛おしげに食べる姿、そして山積みのアポロチョコ。
もう、慟哭のレベルまで、感情が突き動かされる。
細かい内容は、まあ、観てのお楽しみ(楽しくないが)ということで。


映画の題材は育児放棄。いわゆるネグレクトというやつだ。
モチーフは、バブルの時代に起こった「西巣鴨子供4人置き去り事件」。
父親違いの4人兄妹を置いて、新しいオトコのもとに走った母親は、
たまに思い出したように仕送り(それも、全然足らない)をしてくるだけ。
時間が経過し、経済的に立ち回らなくなると、
次第に子供たちの生活は、困窮にまみれていく。


柳楽優弥のカンヌ最終男優賞受賞で、一気に注目を浴びた話題作だ。
先日はもとよみうりホールのシネカノン有楽町で45分前満員となり、入場できず。
きょうは渋谷シネアミューズの青い方、朝9時の受け付け開始時点で33番。
もう、何だか社会現象になってる。内容分かってるんだろか?
美しい子供の成長記と違いますよー、子捨てですよー、と言いたくなる。
年間120、30本。ダボハゼのように(これも古くさい表現だが)何でも観る、
僕のようなアホはともかく、普通の人が年に3、4本観るうちの1本ではないと思うぞ…


まあ、それはともかく、何となく報道でイメージされているのと違い、
この映画のテーマは、「社会の無関心」であるとか
「大人の身勝手」「子供のけなげさ」ではないということは強調したい。
だから、公開コピーは「生きているのは、おとなだけですか」だけど、
それはあくまでも大人・子供の対比だけを示しているのではない、と感じた。


もちろん、パンフレットに言葉を寄せている有名人で、
このまんまの受け取り方をしてる人間もいた。黒柳徹子だが…
やはり、この人の世界観、想像力は大所高所からものを見る、のようだ。
ユニセフでの活動同様、「下賤のものを、わたくしが救う」。
だから、大人・子供の対比だけで、それ以上を感じられないのだろう。
細かい活動内容を把握せず、批判しちゃうのは、あくまで日記だから。
許してくれ、って誰に言ってるんだ。



何しろ、母親を演じるのがYOUなのだ。
フェアチャイルドとか、もう知らない人の方が多いはず。
あのバラエティ番組のYOUがほぼそのまんま、母親役になってる。
だから、鬼母・バカ母と非難を浴びた、現実の事件の母親像とはちょっと印象が違う。
もちろん、やってることはほぼ同じなんだろうけど。


現実の母親もそうだったのかもしれないが、愛情がまったくないわけではない。
こうしたら、どうなる。これをしなければ、どうなる。
という想像力が、圧倒的に欠けているだけなのだ。
だから、平気で何ヶ月も置いていって、子供が困っている、とかあまり理解していない。
半年ぶりにお慰み程度のお金を送って、
長男宛の手紙に「頼りにしてるよ♪」とか、平気で書いちゃうのだ。


その説得力を与えるのが、YOUという絶妙の配役だ。
許せちゃうわけでもないが、「責任は?」だとか、「どうして子供を?」という、
道義的な問題が、うまい具合に曖昧にされることで、ドラマが引き立つ。
何しろ、子供に「お母さんは自分勝手」といわれ、
「自分勝手なのは誰なのよ。あなたを置いていったお父さんじゃない!」と逆ギレする。
このせりふをしゃらっと言ってのけ、それでも不思議と怒りはわき上がらない。
これは、ある意味とてもすごいことだと思う。
もちろん、育児は母親だけがするものじゃない。
父親の責任について、あまりに無関心な世の中という当然の真理は、
言い出すと、映画のテーマから離れていくので、この際置いておく。


この母親の人物造型もなかなかなので、いちおう触れておくと、
案の定、オトコにだらしない。子供作っては捨てられる。
アパートでは子供が騒いで追い出される。
その子供はもちろん、出生登録すらしてない。
だから、長男以外は閉じ込めておく。
もう、子育てなんか、メチャクチャだ。倫理レベルは子供と変わらない。むしろ下回る。
さまざまな判断場面において、その選択が
平均的な(普通、とか正しい、という言葉はあえて使わない)ものと比べ、
著しくバランスを欠いているのだ。


こういう母親に育てられた子供は、泣かない。
泣いたって、誰かがどうにかしてくれる訳じゃない。
絶対的な諦念が、植え付けられている。
このへんが、ものすごくリアルだ。
ポスターでも見ることのできる、長男役柳楽優弥の乾いた目線はここに通じる。


しかし、こういう毀れた女性は、やはり魅力的だ。
ファム・ファタールじゃないが、いい女、なのだと思う。
自分の求める、ある限定的な部分について、アプローチが率直だからだ。
恋人にしてみたいし、結婚も楽しい選択だと思う。
もちろん、絶対的な条件はある。
「自分が関わる限り、絶対に母親にはさせない」。これは蛇足か…


前段(まだまだ、語りたいことはたくさん…)が長くなったが、
こういう条件の中で描かれるドラマで、秀逸なのは母親の配役だけではない。
最初に書いた、アポロチョコなどに代表される、ディテールの描写も、もう抜群だ。


母親に塗ってもらった長女のマニキュアが、次第に剥げていく様子。
久しぶりに外に出た子供たちの、はしゃぎ回る様子。
長かったクレヨンが、次第にちびていく様子。
料金未払いのお知らせの裏に書かれた、母親の似顔絵…


例を挙げれば、きりがないが、
アポロチョコと並んで、泣いてしまったのがクリスマスのシーンだ。
12歳の子供が、コンビニのクリスマスケーキが値引きされていくのをじっと見つめる。
もう、正視に耐えない。耐えられる人、いるんだろうか…
僕がちょっとヘンなのかもしれないが、この〝貧乏〟。これがダメだ。
火垂るの墓」「一杯のかけそば」にも通じる、
やるせなさと、切なさと、哀しさで、
嗚咽がわき上がり、のどがぐうっと詰まってしまう。
別に家は貧乏じゃなかった、というか、
それなりにまあまあ恵まれていたはずなんだが、何でだろう…。
貧乏の哀しさは、ものすごく胸にくる。
まあ、これは関係ないが。


じゃあ、こんなに困っている子供たちが、なぜほかに助けを求めないのか。
「福祉事務所に行ったら、離れ離れにされるから」
その言葉の底流には、社会への絶対的な不信が流れているのだろう。
だから、助けを求める相手、そして唯一外界との接点となるのは、
コンビニ店員、いじめられっ子の少女だ。だからこそ「誰も知らない」なんだが。
ここでコンビニ店員が出てくるのは、店員が社会のつまはじき者、
というのではなく、その匿名性という、部分が大きいと思う。
それ以上でも、それ以下でもない、過干渉の心配のない、ニュートラルな存在だからだ。


彼らは、子供たちの困窮を知りながら、警察や社会福祉事務所への通報はしない。
社会に向けS.O.S.を鳴らしても、解決にも、救済にもならないことを、
彼らや、彼女たちは、知っているのだ。
別にそれが、冷たいとは思わない。
ある意味、すごく相手を尊重した対応だと思うし、そして、現実的な判断だ。
それに、甘やかされて育った自分がいうのも僭越だが、
こういう問題は、ブラジルとかに行けば、当たり前のようなことだろうし、
かつての日本でも同じだったと思う。
社会が平等だ、とか、救ってくれるなどというのは、あくまで幻想に過ぎない。
そこらへんのリアリズムが徹底されているのが、この映画の凄味だ。


そして、ドラマは次第に凄惨の極みに向かっていく。
現実はもっとすごかったんだろう、と思うが想像したくない。
抑えた描写でも、本当に見ているだけで辛いんだが、やっぱり、彼らは生きていくのだ。
そのリアリズム。もう、これはものすごいパワーで迫ってくる。
この生きている一人一人の姿に、胸が締め付けられる。
もう、母親、もしくは無責任な父親への怒りは、とっくに越えた次元だ。


ひと言で言えば、リアリズムに激しく打ちすえられる傑作。
柳楽優弥のカンヌ受賞も、
ほかの映画観ていないので、無責任にいうのも何だが、心から納得できる。
ただ、それは彼一人がというのでなく、
ほかの3人や女子中学生役の韓英恵、YOUも含めた、
キャストを代表しての受賞、の気がする。
「それじゃ、作品賞じゃん」とも突っ込まれそうだが、
そのぐらい、ほかのキャストも素晴らしいのだ。


赤く目を腫らし、ボーッとした表情(たぶん…)で、
ふらふら、くにゃくにゃと歩きながら、劇場を後にした。
もう1回観てしまうだろうな、と思う。いい映画だった。
ううん、ことしでいえば「21g」と張るかな…。アポロチョコのシーンは、
「21g」で、ショーン・ペンとベッドをともにした後、
ナオミ・ワッツが投げやりに寝転がるシーンと同じくらい、
涙が止まらない、哀切のシーンだった。


でも、ひとつだけ思ったこと。
映画の中で、けっこう早い段階で、水道が料金未払いで止まってた。
あくまで、脚本上の都合と思うが、水道はそんなに簡単に止まりませんよ、と(笑)
これは相当ため込まないと…。電話は論外としても、水道ってやつは、
ガスとか電気とも問題にならないくらい、なかなか止まりません。
やっぱり、水ばっかりはね…。生命に関わる次元だから。
あ、また蛇足だ。


予告は初回のため、なかったが、この前観た予告で気になっていた、
「世界でいちばん不運で幸せなわたし」
モーターサイクルダイアリーズ」のチラシをもらった。


「世界でいちばん〜」は、子供の頃のあるゲームを軸に、
友情と恋愛感情の間で揺れる二人を描いたおとぎ話。
監督・脚本は新鋭ヤン・サミュエル。ヨーロッパでは一大ブームとなったらしい。
かなり、キューンとなりそうな、ラブストーリーみたいだ。

「モーターサイクル〜」は、
アモーレス・ペロスガエル・ガルシア・ベルナル主演、
あのチェ・ゲバラの青年期を描いたロードムービー
監督は「セントラル・ステーション」のウォルター・サレス、
製作はロバート・レッドフォード
もう、これだけで必見という感じ。早く公開して欲しい!
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