シネプレックス熊本で「ジャーヘッド」

mike-cat2006-02-11



ジャーヘッド。それは、刈り上げ頭を意味する、米海兵隊の俗称。
魔法瓶のように空っぽの、〝空っぽ頭〟のことでもある。
スウォードはサクラメント出身の18歳。
兵士だった祖父、父と同じように海兵隊へ入隊する。
しかし、待っていたのは、軍隊における徹底的なリアリズム。
過酷な訓練の果て、スォウフはエリートの斥候狙撃隊に選ばれる。
1990年、イラククウェート侵攻がきっかけとなった湾岸戦争
自由と正義を守るため、サウジアラビアへ派遣されたスウォフが遭遇したのは、
血で血を洗う激しい戦闘、ではなく、ひたすら退屈な日々だった−。


アメリカン・ビューティー」のサム・メンデスが、
ロード・トゥ・パーディション」以来3年ぶりに送り出したのは、まさに現代の戦争映画。
コンピューター制御のミサイル、そして爆撃機が演じる、
テレビゲームのような戦争の影で、心を蝕まれていく歩兵たちの物語だ。
主人公スウォフを演じるのは、「ブロークバック・マウンテン」で
アカデミー賞助演男優賞ノミネート(発表は3月)のジェイク・ギレンホール
遠い空の向こうに」「ドニー・ダーコ」と、その類い希な瞳の力で、
数々のドラマを演じ上げてきた、若手演技派でもある。
そして助演には「フライトプラン」での演技が記憶に新しいピーター・サースガード
これまた冷たく空虚な瞳で、戦争に魅せられ、崩壊していくトロイ伍長を演じる。
そして脇を固めるのは、「アダプテーション」のクリス・クーパー
「Ray/レイ」のジェイミー・フォックスというオスカー俳優コンビときた。


もう、これだけでも成功が約束されたといっていいのだが、
この映画の魅力はそれだけじゃない。
「ファーゴ」「バーバー」などコーエン兄弟御用達の撮影監督ロジャー・ディーキンスが、
砂漠の昼、そして夜を時に美しく、時に冷酷に、乾いたトーンで映し出す。
アラビアのロレンス」「イングリッシュ・ペイシェント」など、
美しい砂漠の映像で知られた映画は多いが、
この映画もその一翼を担うといって過言ではないだろう。


原作は実際に湾岸戦争に出兵したアンソニー・スウォフォード自身による手記。
そこにはテレビに映らない、戦争、そして軍隊の真実がリアルに描かれていく。
映画は海兵隊と言えばお馴染みの、鬼軍曹のしごきで幕を開ける。
厳しい訓練だけではない。
人間性の否定、そしてひとつの駒として軍隊の規律の徹底。
ボビー・マクファーリンの「Don't Worry Be Happy」が流れる中、
カリフォルニア州のペンドルトン基地へ向かうスウォフの胸中には早くも後悔が芽生える。
そして、ようやく下った念願の出兵指令。
ここまでは過去の戦争映画でも語られてきた、一連の流れだ。


しかし、この映画ではサウジアラビア到着後、何と半年に渡って戦闘は始まらない。
訓練に次ぐ訓練、そしてその合間のマス掻き(字幕に従いました)。
いや、むしろマス掻きの間の訓練と言ってもいい。
(「アメリカン・ビューティー」もそうだが、この監督はこれ、好きだね…)
ただひたすら退屈な日々が、「正義と自由」に燃えるこころを蝕む。
それどころか、戦争が始まっても目にするのは、
無差別な爆撃で焼け焦げた民間人の死体、
火をかけられ、燃えさかる油田、そしてひたすら広大な砂漠−。
ろくに敵兵と装具すらしないスオォフたちは、一発の銃を放つこともない。
それどころか、アメリカ軍名物味方の誤爆に出逢う始末。
人間性を否定され、敵を殺すことにしか意義を見出せない自らの存在が、
一発の銃を放つこともないことで、否定され、崩壊していく。
もちろん、実際の戦争被害者とは規模も質もまったく違うが、
海兵隊員たちもまた、戦争の犠牲者であることが、伝わってくる。


そして兵たちは戦争そのもので何かを奪われ、
その後戦争を奪われたことで、また何かを失っていく。
トム・ウェイツが歌い上げる挿入歌とともに、海兵隊員たちの空虚なその後が描かれる。
アメリカにとって最初のつまずきでもあった、ベトナムの時とはまた違う哀しい末路。
行き場を失った若者たちの、うつろな目が涙を誘う。


戦争に疑問を持つ人間もいれば、
もちろん、戦場にこそ自分を見つける人間もいる。
たとえばフォックス演じるサイクス三等曹長
予告でもお馴染みの〝俺は神に祈ってる、ウーワー〟。
戦争と引き合わせてくれた神に、感謝の祈りを欠かさない。
ある種の人間にとっては、軍隊そして戦争こそが人生でもある。
こうした視点も兼ね備えて描くことで、味わいはより複雑になる。


戦争に対する明快な答えが示される映画ではないと思う。
というか、明快な答えなど決してでない問題ではあるが…
ただ、この映画が伝えようとすることは明快だ。
その戦争は、いままた、同じ中東で起こっている、ということ。
奇しくも、米国を湾岸戦争に仕向けた大統領の、その息子がまた大統領となって…
また米国の若者が「サダムを倒せ!」と叫び、戦場に向かったのだ。
そしてサダムは倒されても、イラクに本当の平和は訪れないのだ。


ヘビーで複雑な余韻を残しながら、
カメラはひとりひとりの兵隊(を演じた俳優)の顔をとらえていく。
もちろん、入隊前の理想に燃えた姿。
ラストでうつろな表情を見せる彼らとの対比が、とてつもなく切なく、哀しい。
名作、傑作というカテゴリーにはやや入れづらいが、
とにかく強烈な印象を残す、記憶に残る作品だったと思う。
しばしもの思いにふけりながら、劇場を後にしたのだった。