久坂部羊 「破裂」

幻冬舎だから、文庫化早そう…



怖い本だった。それも、薄ら寒い怖さだ。
ロビン・クックの小説を思わせる、医療スリラー、というところか。


刺激的なオビに、反感と、かすかな納得を覚え、思わず手を取る。
「医者は三人殺して、初めて一人前になる」。
何で〝納得〟かというと、
最初、この〝三人殺す〟というのは、ベストを尽くしたものの、
どうしても病気を克服できずに〝死なせてしまった〟患者のことかと思ってたから。
しかし、そうじゃない。
未熟さや、うっかりミス、雑な処置でまさしく〝殺した〟数として、なのだ。
もちろん、患者になりえる人間としては、ただただ怒りを感じるしかないレベル。
小説はひとつの医療ミスをめぐる裁判をひとつの軸に、進んでいくのだが、
序盤では、実際ありそうな医療ミスの例が書き連ねられる。
小説の中で、このミスを糾弾する医者は〝痛恨の症例〟と呼ぶのだが、
患者からすれば〝痛恨〟じゃすまされない、恐ろしいミスだ。


〝うっかり動脈を切っちゃったけど、止血だけでごまかした〟
〝超音波検査をすべきだったけど、バーベキューの約束があったから…〟
〝副腎皮質ホルモンと、筋弛緩剤を間違えて点滴し、呼吸停止に…〟
おい! って感じなんだが、医者のサイドではあまり悪びれた様子はない。
悪いのは〝未熟なままの研修医に当直をさせるシステム〟
〝極度の疲労の中、休みもなく仕事に追い立てられる現場の事情〟だ。
いや、それも確かに現実なんだろうが、その開き直りぶりはひたすら怖い。
いわゆる、モラル・ハザード、というやつだ。


そして、こうしたモラル・ハザードというやつ、
建前で責めてみても、決して解決しない、という二重の怖さがある。
何か、歌にもあった気がするが「だって、しょうがないじゃない」なのだ。
現場では、個人の力ではどうにもしようがない。
誰もが、さまざまなところで体験する無力感は、医療の現場でも例外ではないはずだ。
そんな感触が、これを「ただの小説」とは読み飛ばせない、リアルさを醸し出す。


この〝怖さ〟を、増幅させるセリフが、最後に出てくる。
医療ミス裁判についての、怖い、怖い〝現実〟
「医療裁判はだれか一人でも偽証すれば、原告は勝てないんだ。
 辻褄が合わなくなるからな。被告は常に過剰に守られている。
 疑わしきは罰せずの原則があるからな」
「関係者が全員正直でないと、患者は裁判に勝てんというわけか」
「医者も身を守るのに必死だからな、あらゆる犯罪者と同じく」。
ああ、いやだ、いやだ。建前だけでは、解決法が見えないのが、よけい怖い。


で、こんなモラル的な部分のお話に加えて、
もうひとつの軸をつかさどるサスペンスも、かなり際どい話だ。
独善的な厚生官僚(いまは、厚生労働官僚、っていうのかな?)が、立てる壮大な計画。
延命にばかり目を向け、医療費高騰を招いた高齢者医療対策の切り札だ。
確実に心臓破裂を起こす、副作用を持つ心臓の薬で、
寝たきり老人を一時的に元気にさせ、その後ポックリ、というやつ。
介護の苦労から解放し、寝たきりの老人から、人間の尊厳を取り戻すのだ。


寝たきりの老人に人間の尊厳がない、というあたりにも漂う、
ファシズム臭たっぷりの思想なんだが、
高齢者医療の現実とかそこかしこで見聞きすると、
単純に否定するのも、微妙にはばかられる、説得力もある。
もちろん、切り捨てられる側に立ってみれば、そんなこといえないはずだ。
ただ、一方で「長く苦しんで死ぬよりは…」というのも、ひとつの本音ではある。
回復の見込みもなく、寝たきりになって、ずっと介護され、
それが子どもたちの世代の耐えざる負担になるとしたら…
それに究極の問題、痴呆のことも考えれば、
建前レベルの〝いのちは大事〟とかで、断罪できる考え方とはいえない。


この小説では、こうした策を推し進める官僚の〝異常人格〟と、強引な手法があるから、
一応、この〝高齢化社会に向けた施策〟を、一種の悪行として見られるんだが、
あらゆる立場の人間のある一定程度の人間が納得のいく形で、
こうしたやりかたをコントロールできるとしたら…、なんて、思い悩みもしてしまう。
そう考えると、すごく危険な小説だったりする。
しかし、ここに書かれている高齢化社会の問題は、現実に横たわっているわけで、
目をそらしてばかりではいられなかったりもする。
いや、ホントどうしよう、という感じだ。
たぶん、そうした問題意識の提起を意識して、書いているんだろうけど。


そうやって考えると、ホント日本の将来って暗いんだな、と悲観的になる。
郵政民営化とか、周辺諸国の反感買って戦犯まで祀ってある神社を参拝するとかより、
ほかにやることあるだろ、ヘンな髪形の人、とかいろいろ考えてしまったりして。
どうせ、年金ももらえないしな、だとか、
自分が老人になるころは治安も最悪になってそうだしな、とか
その上、こうした医療制度も破綻しているんだろうから、ああ、もうどうしよう。
怖くてもうやってられないから、楽しいことでもして気を紛らわすしかない。
と、思ったトコではたと気づく。
〝状況がこうなんだから、しょうがない〟とかいって、開き直る医者や、
〝目先のことだけ見目よくごまかして、本質的な問題を先送りにする〟コイズミくんと一緒?


深い反省と、自己嫌悪まで呼び起こしてくれちゃったよ。この小説。
あーあ、面白かったけど、読むんじゃなかった。
何か、面白い本でも読もうっと、と結局逃避モードで終わるのだった。