近藤史恵「タルト・タタンの夢 (創元クライム・クラブ)」
〝ビストロ・パ・マルへようこそ。
絶品料理と極上のミステリをご堪能あれ!〟
「サクリファイス」の近藤史恵、最新作。
お得意の日常ミステリーの舞台は、下町のビストロだ。
〝客たちの巻き込まれた不思議な事件や不可解な出来事。
その謎を解くのは、シェフ三舟。〟
思わず顔がほころぶ、フランス料理とともに送る、美味しい1冊。
ビストロ・パ・マルはカウンター7席、テーブル5つの小さなビストロ。
パ・マル(悪くない)と、名付けられたお店は、いつも満席。
〝接待や特別な日のデートで使う店ではなく、
本当にフランス料理が好きな人間が集まってくる、という感じの店だ。
料金も、夜でもワインにおごらなければ、五千円もあれば、充分楽しめる。〟
シェフの三舟は、その風貌からフランスで修業中、
「サムライ」と異名を取っていた、というちょっと変わった人物。
スー・シェフの志村さんは、華やかな経歴を持ちながら、
三舟シェフの料理に傾倒し、あえてサブ的な立場を選んだという実力派。
ソムリエの金子さんは、ワインの勉強のため、
客の飲み残しを楽しみにしているという、20代の俳句好きの女性。
そして語り手の〝ぼく〟は、店のたったひとりのギャルソン、高築である。
そんな小さなビストロで起こるさまざまな事件を、
三舟シェフは料理顔負けの推理で、次々とさばいていく―
何といっても、料理の描写がたまらない。
さくさくにカラメリゼされたりんごのタルト「タルト・タタン」に、
仔牛の腎臓「ロニョン・ド・ヴォー」の網脂包み焼き、
一月六日の公言祭に食べるお菓子王様のお菓子「ガレット・ド・ロワ」に、
バスク地方の名物チーズ「オッソ・イラティ」、
アルザス地方の郷土料理「タルト・フランベ」、
豚の塩漬け肉や鵞鳥のコンフィなどと、
インゲン豆と野菜で煮込み、パン粉をかけてオーブンで焼く「カスレ」などなど…
気取りすぎない、けど本格的なフランス料理の数々が、
読む者のこころと胃を揺さぶりまくってしまうのだ。
日常系ミステリとあって、事件そのものは他愛ないものが多いが、
そのミステリ的な仕掛けに関していえば、料理とも遜色のないレベル。
小説としての魅力は、決して料理だけではない。
読み終えると、何だか満ち足りた気分になれる、楽しい1冊だ。