近藤史恵「タルト・タタンの夢 (創元クライム・クラブ)」

mike-cat2007-11-19



〝ビストロ・パ・マルへようこそ。
 絶品料理と極上のミステリをご堪能あれ!〟
「サクリファイス」近藤史恵、最新作。
お得意の日常ミステリーの舞台は、下町のビストロだ。
〝客たちの巻き込まれた不思議な事件や不可解な出来事。
 その謎を解くのは、シェフ三舟。〟
思わず顔がほころぶ、フランス料理とともに送る、美味しい1冊。


ビストロ・パ・マルはカウンター7席、テーブル5つの小さなビストロ。
パ・マル(悪くない)と、名付けられたお店は、いつも満席。
〝接待や特別な日のデートで使う店ではなく、
 本当にフランス料理が好きな人間が集まってくる、という感じの店だ。
 料金も、夜でもワインにおごらなければ、五千円もあれば、充分楽しめる。〟
シェフの三舟は、その風貌からフランスで修業中、
「サムライ」と異名を取っていた、というちょっと変わった人物。
スー・シェフの志村さんは、華やかな経歴を持ちながら、
三舟シェフの料理に傾倒し、あえてサブ的な立場を選んだという実力派。
ソムリエの金子さんは、ワインの勉強のため、
客の飲み残しを楽しみにしているという、20代の俳句好きの女性。
そして語り手の〝ぼく〟は、店のたったひとりのギャルソン、高築である。
そんな小さなビストロで起こるさまざまな事件を、
三舟シェフは料理顔負けの推理で、次々とさばいていく―


何といっても、料理の描写がたまらない。
さくさくにカラメリゼされたりんごのタルト「タルト・タタン」に、
仔牛の腎臓「ロニョン・ド・ヴォー」の網脂包み焼き、
一月六日の公言祭に食べるお菓子王様のお菓子「ガレット・ド・ロワ」に、
バスク地方の名物チーズ「オッソ・イラティ」、
アルザス地方の郷土料理「タルト・フランベ」、
豚の塩漬け肉や鵞鳥のコンフィなどと、
インゲン豆と野菜で煮込み、パン粉をかけてオーブンで焼く「カスレ」などなど…
気取りすぎない、けど本格的なフランス料理の数々が、
読む者のこころと胃を揺さぶりまくってしまうのだ。


日常系ミステリとあって、事件そのものは他愛ないものが多いが、
そのミステリ的な仕掛けに関していえば、料理とも遜色のないレベル。
小説としての魅力は、決して料理だけではない。
読み終えると、何だか満ち足りた気分になれる、楽しい1冊だ。