ロバート・ウォード「四つの雨 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ウ 21-1)」
〝これぞ大人のノワールだ!〟
そうそうたる面々が、オビに惹句を連ねる注目作。
〝マイクル・コナリー、感激。
ジェイムズ・クラムリー、脱帽。
T・ジェファーソン・パーカー、驚愕。
ケン・ブルーウン、共感。
ローラ・リップマン、驚嘆。
ロバート・クレイス、賞賛。
ジョージ・P・ペレノーケス、羨望。
最強中年作家陣が大絶賛!!!〟
聖人君子のように社会に尽くした挙げ句、
いまは貧困と孤独に苦しむ中年心理療法士が、
ある出会いをきっかけに道を踏み外す、悲哀に満ちたノワールだ。
かつては社会平等の理想にあふれ、社会運動に心血を注いだ、
心理療法士ボブ・ウェルズだが、50歳を越えた今、時代遅れの遺物となっていた。
妻に逃げられ、酒に溺れ、そして経済的にも完全に行き詰まった。
だが、ある日突然現れたジェシーとの出会いがすべてを変えた。
ジェシーとの愛を成就するため、ボブはある計画を画策するのだが…
中途半端な善人が陥る、皮肉としかいいようのない破滅、
信じられないぐらい、歯止めが効かなくなるその転落ぶり、
そして、善悪の彼岸で揺れ動くその心情の描写…
なるほど、こころの奥にイヤ〜な感じのトゲが刺さるような独特の味わいと、
あまりにも哀しい余韻が、いつまでも残ってしまいそうな小説である。
冒頭で描かれるのは、時代に取り残されたボブの苦境。
唯一といっていい友人、いや負け犬仲間のデイヴと、
ハッピーアワーの安酒にありつく毎日だが、帰宅途中に虚しさがこみ上げる。
〝若い頃は怒りの声をあげ、市当局にまっこう勝負を挑み、
平等という理想に人生をかけ、
漠としたユートピアの夢をずっと追いつづけてきた。
それがこのザマだ。わずかな患者、苦しい家計、デイヴといっしょに飲む安酒。
対称的に、大学のかつての同志たちはみな郊外に越していき、
子供を育てて大学へやり、悠々自適の人生を送っている。
何人かは孫までいる。そして、ほとんど全員が大金持ちになっている。〟
その惨めなボブに、大きな転機が訪れる。
それは女神の降臨。
唯一の趣味でもあるロックバンドのボーカルとして現れたジェシーに、
ボブに残された、最後の情熱が燃え上がる。
〝まいった。もう女は卒業したかと思っていたし、みんなにもそう言ってきた。
終わったはずだった。それは過去のもののはずだった。
だが、ジェシーが雨のなかから現れた瞬間、すべてが変わった。〟
だが、そんなジェシーとの生活には、もちろん先立つものが必要だ。
というわけで、ある計画を画策したボブなのだが、ここからがどうにも哀しい。
心の持ちようで、人間ここまで変わるか、という変節ぶりだ。
〝ほんの数週間前までは、この街も、この地域も、この人々も、
かけがえのないものと思っていた。
だが、大金が手に入る可能性が出てくると、
何もかもが急に色褪せて見えるようになった。〟
ついに越えてはならない一線を越えたボブは、
かつての自分とはまったく違う、新たな自分を見つけることになる。
だが、ほんの手違いが招いた、まさかの出来事。
破滅から一転、栄光に包まれたボブの心理描写がまたいい。
罪悪感すら吹き飛ばしてくれる、名声の効能に、思わずうならされる。
そして、最後に待ち受けていた、本当の罠…
この哀しさ、この虚しさ。
よくも悪くも、とんでもない物語を書いてくれた、と打ちのめされる。
悲哀に満ちた結末の、その余韻を濁すような、
ラスト数ページがもったいないような気もするが、
その蛇足にしか感じない部分も、作者独特の悪意なのかもしれない。
しばらくは、ズドーンと落ち込むような、
ウェルメイドな後味の悪さに浸る、何とも言い難い魅力の1冊なのだ。