樋口有介「誰もわたしを愛さない (創元推理文庫)」

mike-cat2007-09-18



〝女子高生に圧倒され、
 次々現れる美女には翻弄され、
 事件の哀しい結末は深く柚木を憂鬱にさせる〟
創元推理文庫に再収録が進む柚木草平シリーズの新刊。
〝メガネ美女の新キャラクター・小高直海初登場。
 38歳の青春を描く私立探偵シリーズ第六弾!〟


桜の花びら舞う春の訪れとともに、
月刊「EYES」の柚木の担当者が交代した。
腐れ縁の石田が柚木につけたのは、新卒の美女・小高直海。
新担当とともに降りかかってきた、女子高生殺人事件の調査を始めた柚木だが、
〝いまどき〟の女子高生の実態に圧倒されっぱなし。
直海との微妙な関係も構築される一方で、
またも現れる美女を目の前に、柚木はあっちへフラフラ、こっちへフラフラ…


単行本刊行(当時は講談社)は1997年。
「援助交際」という言葉が流行語にまでなったのは、この少し前だろうか。
〝普通の〟女子高生が、当たり前のように売春する時代の訪れに、
38歳の柚木草平が、戸惑いを隠せない様子が、何とも時代を感じさせる。
一方で、その流行の走りとあってか、どこかオーバーな描写もあって、
執筆当時はまだまだ走りの社会現象だったのだな、とこれまた感慨深い。


そんな中でも、やっぱり柚木草平は柚木草平である。
冒頭では中学校への進学問題に悩む愛娘から、こんな言葉が投げかけられる。
「パパは気楽でいいね。勝手に家庭を捨てて、
 好きな仕事をして好きな女の人とつき合って」
「ママがいつも言ってるよ。
 パパに罰が当たらないのは、この世に神様がいない証拠だって」
小学生に、なかばあきらめ半分でこう言われるあたり、
よくも悪くもすきだらけ、というのがひしひしと伝わってくる。


新人編集者、小高直海に柚木を紹介する石田の言葉も笑わせる。
「とにかく若い女絡みの事件では、柚木さんは最高のライターなんです」
柚木自身〝皮肉でもあり、弾劾でもある〟とぼやく当たりも、
また永遠の青春を謳歌する38歳の、いい感じのダメダメっぷりである。
そして登場する女たちからも、あれやこれやのいわれっぱなし。
〝いい女はいつも俺の目を楽しませ、
 いつも俺の神経を混乱させ、
 そして最後にはどうせ俺の人生を、奈落に突き落とす。〟
こんなこと言いつつも、やっぱり懲りない柚木草平に、
何となく共感を覚え、何となく嫉妬を感じ、何となく羨望を抱くのだ。


ミステリとしては、ちょっとラストが見え透いている印象が強い。
著者あとがきにもあるが、単行本の刊行当時は、
何とオビに犯人の正体が記されてしまった、という話である。
もちろん、そのミステリ的な部分が失われてさえ楽しめる、
そんな味わいがあるからこそ、でもあるのだろうが、
そこらへんはもうひとひねりあってもよかったかな、とは思う。
まあ、犯人探しという結果より、主人公がたどるプロセスを楽しむ、
刑事コロンボ」みたいな楽しみ方もあるから、一概にはいえないが。


とはいえ、やはりエンタテインメント的な水準はやはり高い。
読み始めた当初、思っていた以上に飽きがこないこのシリーズ。
最新作は、「ミステリーズ!」連載中の「捨て猫という名前の猫」、
次回配本は11月。未収録の短編をまとめた「不良少女」とのこと。
これからも長い間、楽しませてくれそうで、何よりである。

Amazon.co.jp誰もわたしを愛さない (創元推理文庫 M ひ 3-8)