樋口有介「誰もわたしを愛さない (創元推理文庫)」
〝女子高生に圧倒され、
次々現れる美女には翻弄され、
事件の哀しい結末は深く柚木を憂鬱にさせる〟
創元推理文庫に再収録が進む柚木草平シリーズの新刊。
〝メガネ美女の新キャラクター・小高直海初登場。
38歳の青春を描く私立探偵シリーズ第六弾!〟
桜の花びら舞う春の訪れとともに、
月刊「EYES」の柚木の担当者が交代した。
腐れ縁の石田が柚木につけたのは、新卒の美女・小高直海。
新担当とともに降りかかってきた、女子高生殺人事件の調査を始めた柚木だが、
〝いまどき〟の女子高生の実態に圧倒されっぱなし。
直海との微妙な関係も構築される一方で、
またも現れる美女を目の前に、柚木はあっちへフラフラ、こっちへフラフラ…
単行本刊行(当時は講談社)は1997年。
「援助交際」という言葉が流行語にまでなったのは、この少し前だろうか。
〝普通の〟女子高生が、当たり前のように売春する時代の訪れに、
38歳の柚木草平が、戸惑いを隠せない様子が、何とも時代を感じさせる。
一方で、その流行の走りとあってか、どこかオーバーな描写もあって、
執筆当時はまだまだ走りの社会現象だったのだな、とこれまた感慨深い。
そんな中でも、やっぱり柚木草平は柚木草平である。
冒頭では中学校への進学問題に悩む愛娘から、こんな言葉が投げかけられる。
「パパは気楽でいいね。勝手に家庭を捨てて、
好きな仕事をして好きな女の人とつき合って」
「ママがいつも言ってるよ。
パパに罰が当たらないのは、この世に神様がいない証拠だって」
小学生に、なかばあきらめ半分でこう言われるあたり、
よくも悪くもすきだらけ、というのがひしひしと伝わってくる。
新人編集者、小高直海に柚木を紹介する石田の言葉も笑わせる。
「とにかく若い女絡みの事件では、柚木さんは最高のライターなんです」
柚木自身〝皮肉でもあり、弾劾でもある〟とぼやく当たりも、
また永遠の青春を謳歌する38歳の、いい感じのダメダメっぷりである。
そして登場する女たちからも、あれやこれやのいわれっぱなし。
〝いい女はいつも俺の目を楽しませ、
いつも俺の神経を混乱させ、
そして最後にはどうせ俺の人生を、奈落に突き落とす。〟
こんなこと言いつつも、やっぱり懲りない柚木草平に、
何となく共感を覚え、何となく嫉妬を感じ、何となく羨望を抱くのだ。
ミステリとしては、ちょっとラストが見え透いている印象が強い。
著者あとがきにもあるが、単行本の刊行当時は、
何とオビに犯人の正体が記されてしまった、という話である。
もちろん、そのミステリ的な部分が失われてさえ楽しめる、
そんな味わいがあるからこそ、でもあるのだろうが、
そこらへんはもうひとひねりあってもよかったかな、とは思う。
まあ、犯人探しという結果より、主人公がたどるプロセスを楽しむ、
「刑事コロンボ」みたいな楽しみ方もあるから、一概にはいえないが。
とはいえ、やはりエンタテインメント的な水準はやはり高い。
読み始めた当初、思っていた以上に飽きがこないこのシリーズ。
最新作は、「ミステリーズ!」連載中の「捨て猫という名前の猫」、
次回配本は11月。未収録の短編をまとめた「不良少女」とのこと。
これからも長い間、楽しませてくれそうで、何よりである。