マイケル・クライトン「NEXT」

mike-cat2007-09-14


NEXT 上 (ハヤカワ・ノヴェルズ)」「NEXT 下 (ハヤカワ・ノヴェルズ)


〝今、遺伝子テクノロジーが危ない!
  ヒトの遺伝子を動物に導入したら?
  自分の細胞が知らぬ間に売られていたら?
 悪夢のような世界が扉を開く!〟
ジュラシック・パーク」のマイケル・クライトン最新作は、
遺伝子工学の世界を舞台にした、サスペンス大作。


〝これは決して絵空事ではない!
 事実とフィクションを一体化させ、
 遺伝子研究がもたらす驚愕の未来図を描く。〟
「恐怖の存在」では、環境問題をテーマに衝撃のストーリーを紡いだ作者が、
こんどは人の言葉を喋るオウムやチンパンジー
そして遺伝子テクノロジーをめぐる様々な事件を散りばめながら、
世界がいま直面する未曾有の危機に警鐘を鳴らす。


遺伝子テクノロジーの進歩は、世界に革新的な変化をもたらしていた。
ガン治療に大きな効果がある特別な遺伝子を持つフランク・バーネットは、
詐欺まがいの手口でその細胞をだまし取られ続けていた。
治療を装ったUCLAを相手取った訴訟も、信じられないことに敗訴。
一方、特許と所有権、使用権でがんじがらめとなった「業界」では、
BioGenリサーチの創業者リック・ディールが、
新薬開発のための資金獲得に苦しみ、ハゲタカのような男につけ込まれていた。
所属の研究者ジョッシュ・ウィンクラーは、
その遺伝子を用いた薬を誤って使用する事件を起こしてしまう。
また、遺伝子操作は喋るチンパンジー、デイヴや、
人間並みの機知で喋りまくるオウムのジェラールら、新たな生物を生み出した。
一見無関係な数々の事件が重なり合うとき、世界は震撼する―


冒頭には、こんな言葉が添えられている。
〝本書はフィクションである。
 フィクションではない部分を除いて。〟
物語の中で登場する数々の驚愕のエピソードは、
小説の世界の出来事と、受け流してはいられない「事実」にあふれているという。


特許と所有権、使用権にがんじがらめにされ、
満足な研究すら進められない、遺伝子工学の現場の窮状や、
拝金主義にまみれたその惨状、そして訴訟社会アメリカの影…
麻薬依存症や暴力性向に関連した、さまざまな遺伝子が、
親子の間でも訴訟を巻き起こしたかと思えば、
自分の細胞ですら「自分のものではない」とされる恐怖の判例など、
それぞれのエピソードが示す「未来図」は、下手なホラー顔負けだ。


章の間に挿入される報道の引用も衝撃的だ。
近い将来に金髪が絶滅するとの説や、
遺伝子上のキメラがもたらしたとんでもない訴訟、
卵子精子バンクをめぐる若年層のとんでもないあれこれなど…
訳者あとがきによれば、引用されたのは、ほとんどが実際の報道だという。


ここにクライトン一流のユーモアで、実際にもありそうな事件が創造される。
スター・ウォーズ」や「サイコ」「三つ数えろ」にバッグス・バニーまで、
次々と引用する口の減らない洋鵡ジェラールが登場したり、
キャドバリー」はクマノミ、「BP」はサンゴ、
「マークス・アンド・スペンサー」はウツボなどなど、
生き物の種、そのものにスポンサーがつくような時代すらも予言する。
もはや社会風刺のホラーコメディといった様相すら呈している。


もちろん、おふざけだけではない。
物語の中で提示される「未来図」を回避するためにも、
クライトンはあとがきに代えて、遺伝子特許の取得や秘密主義への批判や、
将来を見すえた法整備の必要性を、熱っぽく説いている。
笑い、怯え、そして思わず考えさせられる、社会派作品でもあるのだ。


それでいて、物語の面白さは健在である。
いかにもクライントンらしい平易な文体で難しい技術を説明し、
魅力にあふれたストーリーで、ページをめくる手をどんどん加速する。
多くの登場人物を用いた一見バラバラにも思えるストーリーが、
終盤一気に集約していく様には、ややご都合主義っぽさもあるが、
それはそれで、類い希な語り手に身を委ねてしまえば、さほど気にならない。
時間を忘れて読みふけり、そして読み終えると
「やっぱりクライトンは凄い!」と思わずうなる快作なのである。



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