マイケル・クライトン「NEXT」
「NEXT 上 (ハヤカワ・ノヴェルズ)」「NEXT 下 (ハヤカワ・ノヴェルズ)」
〝今、遺伝子テクノロジーが危ない!
ヒトの遺伝子を動物に導入したら?
自分の細胞が知らぬ間に売られていたら?
悪夢のような世界が扉を開く!〟
「ジュラシック・パーク」のマイケル・クライトン最新作は、
遺伝子工学の世界を舞台にした、サスペンス大作。
〝これは決して絵空事ではない!
事実とフィクションを一体化させ、
遺伝子研究がもたらす驚愕の未来図を描く。〟
「恐怖の存在」では、環境問題をテーマに衝撃のストーリーを紡いだ作者が、
こんどは人の言葉を喋るオウムやチンパンジー、
そして遺伝子テクノロジーをめぐる様々な事件を散りばめながら、
世界がいま直面する未曾有の危機に警鐘を鳴らす。
遺伝子テクノロジーの進歩は、世界に革新的な変化をもたらしていた。
ガン治療に大きな効果がある特別な遺伝子を持つフランク・バーネットは、
詐欺まがいの手口でその細胞をだまし取られ続けていた。
治療を装ったUCLAを相手取った訴訟も、信じられないことに敗訴。
一方、特許と所有権、使用権でがんじがらめとなった「業界」では、
BioGenリサーチの創業者リック・ディールが、
新薬開発のための資金獲得に苦しみ、ハゲタカのような男につけ込まれていた。
所属の研究者ジョッシュ・ウィンクラーは、
その遺伝子を用いた薬を誤って使用する事件を起こしてしまう。
また、遺伝子操作は喋るチンパンジー、デイヴや、
人間並みの機知で喋りまくるオウムのジェラールら、新たな生物を生み出した。
一見無関係な数々の事件が重なり合うとき、世界は震撼する―
冒頭には、こんな言葉が添えられている。
〝本書はフィクションである。
フィクションではない部分を除いて。〟
物語の中で登場する数々の驚愕のエピソードは、
小説の世界の出来事と、受け流してはいられない「事実」にあふれているという。
特許と所有権、使用権にがんじがらめにされ、
満足な研究すら進められない、遺伝子工学の現場の窮状や、
拝金主義にまみれたその惨状、そして訴訟社会アメリカの影…
麻薬依存症や暴力性向に関連した、さまざまな遺伝子が、
親子の間でも訴訟を巻き起こしたかと思えば、
自分の細胞ですら「自分のものではない」とされる恐怖の判例など、
それぞれのエピソードが示す「未来図」は、下手なホラー顔負けだ。
章の間に挿入される報道の引用も衝撃的だ。
近い将来に金髪が絶滅するとの説や、
遺伝子上のキメラがもたらしたとんでもない訴訟、
卵子や精子バンクをめぐる若年層のとんでもないあれこれなど…
訳者あとがきによれば、引用されたのは、ほとんどが実際の報道だという。
ここにクライトン一流のユーモアで、実際にもありそうな事件が創造される。
「スター・ウォーズ」や「サイコ」「三つ数えろ」にバッグス・バニーまで、
次々と引用する口の減らない洋鵡ジェラールが登場したり、
「キャドバリー」はクマノミ、「BP」はサンゴ、
「マークス・アンド・スペンサー」はウツボなどなど、
生き物の種、そのものにスポンサーがつくような時代すらも予言する。
もはや社会風刺のホラーコメディといった様相すら呈している。
もちろん、おふざけだけではない。
物語の中で提示される「未来図」を回避するためにも、
クライトンはあとがきに代えて、遺伝子特許の取得や秘密主義への批判や、
将来を見すえた法整備の必要性を、熱っぽく説いている。
笑い、怯え、そして思わず考えさせられる、社会派作品でもあるのだ。
それでいて、物語の面白さは健在である。
いかにもクライントンらしい平易な文体で難しい技術を説明し、
魅力にあふれたストーリーで、ページをめくる手をどんどん加速する。
多くの登場人物を用いた一見バラバラにも思えるストーリーが、
終盤一気に集約していく様には、ややご都合主義っぽさもあるが、
それはそれで、類い希な語り手に身を委ねてしまえば、さほど気にならない。
時間を忘れて読みふけり、そして読み終えると
「やっぱりクライトンは凄い!」と思わずうなる快作なのである。
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