歌野晶午「ハッピーエンドにさよならを」

mike-cat2007-09-10



前人未到のミステリ4冠を達成した
 偉才が仕掛ける未曾有の殺意〟
葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)」の歌野晶午最新作。
〝小説の企みに満ちた、
 アンチ・ハッピーエンド・ストーリー〟
よくある展開を次々と裏切る、11編の洒落た悪意。
〝望みどおりの結末になることなんて、
 現実ではめったにないと思いませんか?〟
野性時代」「小説すばる」などの掲載作をまとめた初の短編集。


「おねえちゃん」は、
家族に疎まれると感じている二女と、その叔母の会話劇。
自らの出生の秘密に迫ろうとする二女の推理に、
叔母は曖昧な返事ばかりを繰り返すが…
いきなり冒頭から、ちょっとしたショックを受ける作品だ。


「サクラチル」は、
近隣に引っ越してきた奇妙な家族の、数奇な生き様を描く。
桜の花びらが舞う季節、その家族に去来したある想いとは…
信頼できない語り手が、絶妙のひねりを呼び込む一編だ。


「天国の兄に一筆啓上」は、
十五年前に殺人事件の犠牲になった兄への手紙。
事件が未解決のまま、時効の成立した事件を、
兄に問いかけるように、手紙の中で振り返る。


「消された15番」は、
夏の風物詩(?) 甲子園の高校野球が招いた、ある悲劇。
どんなに目を閉じ、耳を塞いでもこころに入り込んでくる、あの「夏の声」。
15番がかき消された、あの出来事が、また〝わたくし〟を苦しめる。


「死面」は、
田舎にある母の実家に置かれた、幼き妹のデスマスクの物語。
ラストで明かされる語り手の秘密が、なかなか香ばしい一編だ。


「防疫」は、
真っ暗な未来に備え、お受験に燃える母子の物語。
たかが作り話、と笑い飛ばせないブラックなリアルさが光る。


「玉川上死」は、
玉川上水を浮かぶ、ジャージの上下に身を包んだ「R高校 秋山」。
その秋山の事件の顛末をめぐる、意外な真相を描く。
少々後半のダレ具合がいただけないが、発想は面白い一編。


「殺人休暇」は、
やたら指図ばかりしてくるストーカーに悩まされるOLの、最後の手段。
短編にもかかわらず、ねっちょりと描写される、ストーカーのウザさが出色。


「永遠の契り」は、
憧れのハヤサカさんが家にやってくる! と、
浮かれまくりの大学生、ミツルの何ともおかしな物語。
悪意にまみれた、異色ショートショート、といったところか。


「In the lap of the mother」は、
母親として最低限の責任を果たそうとしつつも、
パチンコにうつつを抜かす女の陥った、まさかの罠。
これもまあ、何というか、あっけなさが逆にリアルな一編だ。


「尊厳、死」は、
ただ静かに死を待つホームレスの、最後の尊厳を問う。
と書くと、かなり社会派っぽく聞こえるが、さにあらず。
ホームレスという題材そのものは不愉快極まりないが、
なかなか意外なひねりの効いた、思わずムムムの作品だ。


全体を通してみると、一編一編、少々ばらつきはあるのだが、
あっけなさや、独特のひねりに思わずうなりそうになることも。
ま、文庫で十分なクオリティといったら失礼かもしれないが、
〝あの〟歌野晶午、と思って読むと、微妙に物足りなくもある。
というか、あの歌野晶午なら、
もっと冒険してもよかったのでは、という想いもよぎるのは確か。
トリッキーなテを使う作家の宿命とはいえ、
数多くのネタを必要とする短編は、よけい大変なんだろうな、と、
やや同情も感じつつ、読み進めてしまったのだった。


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