ジョエル・ローズ「漆黒の鳥 (ハヤカワ・ノヴェルズ)」

mike-cat2007-09-09



〝19世紀のブラック・ダリア事件
 メアリ・ロジャーズ殺害の渦に
 ミステリの父ポー 連発拳銃の考案者コルト
 そしてニューヨーク警察の祖先
 ヘイズ長官が巻き込まれてゆく…〟
19世紀のニューヨークを震撼させた、
実在の未解決猟奇殺人事件を題材に、
推理小説の始祖でもある、かのエドガー・アラン・ポーや、
リボルバー式拳銃「コルト」の発明者、サミュエル・コルト大佐ら、
実在の人物を登場させ、描く〝傑作歴史ミステリ〟だ。


時は1841年。NYで評判の煙草屋の看板娘が、
ハドソン川対岸のホーボーケンで、無残な遺体となって発見された。
地元タブロイド紙がこぞって騒ぎ立てる中、
調査に乗り出したNY夜警隊のヘイズ長官だが、事件は迷宮入りの様相。
一方、連発式拳銃の発明で事業を拡大したコルト一族の一員、
ジョンは、出版上のトラブルから殺人を犯し、死刑を待つ身に。
そんな折、そのジョンとも関係のあった一人の作家が、
メアリ・ロジャーズの事件解決に名乗りを挙げた。
それは「モルグ街の殺人」で、
推理小説のジャンルを切り開いた、エドガー・アラン・ポーだった―


ブラック・ダリア事件を題材に描かれた、
ジェイムズ・エルロイの「ブラック・ダリア (文春文庫)」と同様、
かつてアメリカを震撼させた実在の事件をネタに描く歴史ミステリは、
あのダニエル・デイ=ルイスレオナルド・ディカプリオ主演で話題を呼んだ、
「ギャング・オブ・ニューヨーク」と同じ時代を舞台に、このジャンル独特の楽しみを提供してくれる。
ポーにまつわるさまざまな事件はもちろん、
出版界、武器業界などのさまざまな事件や話題を盛り込んだだけでなく、
映画でギャングたちの抗争の舞台となったファイヴ・ポインツや、
「デッド・ラビッツ」などのギャング団の名前も登場し、
当時の雰囲気を、存分に味わわせてくれる、豪華な作品でもある。


もちろん、最大の魅力は、あの「ミステリの祖」ポーの描写だろう。
エキセントリックで、魅力的で謎に包まれた、いかにもな人物。
当時アメリカでは認められていなかった著作権の認知を訴え、
出版社と戦いつつも、その一方の手で怪しい活動に手を染める。
攻撃的な批評と、独創的な創作の一方で、経済的困窮に苦しめられていた―
そんなポーの、生々しいまでの姿を綴った描写だけでも興味深いのに、
そのポーが何と、事件の容疑者として浮上するというおまけつき。
プロットとしてはもう、とてつもない魅力に満ちた作品といっていい。


ただ、その割にといっていいのか、悪いのか…
その魅力的なプロットほどには、物語そのものは盛り上がらない。
ストーリーを追っていく上では、確かに面白いのだが、
当時の街の様子や風俗、雰囲気などの描写といった横軸と、
メアリ・ロジャーズ事件の真相追求という縦軸のバランスが悪いのだろうか。
読んでいて、グイグイと引き込まれるようなパワーが、
この魅力的なプロットの割には、あまり強さを感じないのだ。


もちろん、一般的な基準で考えれば、
歴史ミステリとしてはかなり面白い部類にランクされると思う。
あくまで、ポーだの、コルトだの、という舞台装置を用いた割には、の評価である。
だが、やはり二段組み400ページを構成するには、
いまいちストーリー部分が弱いという部分は、否定できない。
主人公格となる、「親方」ヘイズ長官がそのドラマの中心たるべきだが、
いまひとつその魅力を十分に発揮しきれていないのもその一因だろう。
そのあたり、もう少し練れていれば、オビ通りの傑作だった気もする。


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