米沢穂信「インシテミル」

mike-cat2007-09-08



〝見つかった。何が?
 私たちのミステリー、私たちの時代が。〟
ボトルネック」の米沢穂信、最新作は、
本格の匂いの漂う、閉鎖空間での殺人ゲーム・ミステリ
〝この屈託と含羞を、絶対読み逃してはならない。〟
不自然に高給なアルバイトと、恐ろしい<実験>、そして…


「年齢性別不問。一週間の短期バイト。
 ある人文科学的実験の被験者。
 一日あたりの拘束時間は二十四時間。
 人権に配慮した上で二十四時間の観察を行う。
 期間は七日間。実験の純粋性を保つため、外部からは隔離する。
 拘束時間には全て時給を払う。
 時給は、一一二〇百円。」


女にモテたい。そのためには金が必要だ。
そんな、ただの学生の結城理久彦には、アルバイトが必要だった。
コンビニでバイト情報誌を立ち読みする結城に、
住む世界がまるで違うような美女から、なぜか声がかかった。
「1本滞っている」というその女、須和名祥子とともに見つけたバイトは、
不自然な高給となぞの内容が、明らかに何かがおかしかった。
「この先では、不穏当かつ非倫理的な出来事が発生し得ます。
 それでも良いという方のみ、この先にお進みください」
その先に待っていたのは、<暗鬼館>という名の実験空間だった―


人里離れた洋館や絶海の孤島などの閉鎖空間を用いたミステリは、
いうまでもなく、比較的、古典的な部類に入るといってもいいだろう。
気の利いたミステリ・ファンなら、古典や大傑作、失敗作まで含め、
あっという間にいくつもの作品が挙がるであろうほどに、普遍的な題材だ。
その中で米沢穂信は、この題材へのオマージュも含め、
あえて挑戦的なスタイルで、この作品に取り組んでいることが伝わってくる。
<暗鬼館>に仕掛けられた、数々のギミックと、
<実験>の名のもとに仕掛けられた、恐るべきゲーム、
極限の状況下でその効力を発揮する、巧妙なルール…
その趣向の面白さを存分に引き出した、ロジカルな騙し絵が展開する。


ゲームの全貌が見えてこない序盤、
ある心理学実験を題材にした映画、「es [エス] 」を思い出したのだが、
あくまでミステリ的な試みでもある<実験>の中で、
(映画とはまったく別の類の効果ではあるが)似たような側面も見えてきて、
純粋な犯人探しに、ちょっとしたひねりが加わったようで、それもいい。
(ちなみに、「es [エス] 」も、ものすごく後味悪いが、お勧め)


次々と真相が明かされていく終盤、
唖然としつつも、ますます引き込まれていく感覚がこれまたたまらない。
屈折と屈託がたっぷりとまぶされたその味。
ボトルネック」の剃刀のような切れ味とはまた違うが、
作者一流の絶妙といっていい後味の悪さは、この作品でも生きている。
なるほど、巧いな、と感心させられっぱなしの1冊なのである。


ところで、余談だが、そういえば444ページの1行目は、誤植だろうな、と。
たぶん「よ」ではなく「と」でないと、
ちょっとというか、だいぶおかしいな、なんて思ったが、ま、あくまで余談である。


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