乃南アサ「いつか陽のあたる場所で」

mike-cat2007-08-28



〝彼女らには過去<マエ>があった。
 理由<ワケ>もあった。
 だけど希望<サキ>も、なくはなかった。〟
ある秘密を抱え、坂の多い下町で暮らし始めた2人の女。
凍える牙 (新潮文庫)」の乃南アサが、
音道貴子シリーズに続いて贈る新シリーズだ。


東京の下町・台東区は谷中で暮らし始めた芭子と綾香。
犯罪に手を染め、刑務所で知り合ったふたり。
マエのあるふたりが始めたワケありの新生活は、
警官や近所の噂話、ちょっとしたトラブルに脅かされながら過ぎていく。
サキの見えない暮らしは、いつか変わっていくのか―。
小説新潮連載の、一度は足を踏み外した女たちを優しく描く連作集。


前科者、というレッテルは実際、どのくらいの効力を発揮するのだろうか。
すべてはその前科の内容次第、という部分ももちろんあるのだが、
この場合でのふたりの罪は、越えてはならない最後の最後の一線は越えていない。
それでも、芭子の心には、取り去ることのできない澱が沈んでいる。
〝何日かに一度、本当に取り返しのつかないことをした、
 消しようのない過去を背負ったという実感が、
 津波のように襲ってくるのだ。〟
家族から絶縁され、ひっそりと暮らすことを強いられた芭子がつぶやく。
「人並みの暮らしなんか、望んだらいけないんだ」
だが、綾香はこう言い返す。
「だって、もう償いは終わったんだよ。もう、普通に暮らしていいじゃない」


そんなふたりの日々の暮らしは、ちょっとしたことで揺らいでしまう。
近所の噂、お節介な警察官、そして雇い主の気まぐれ…
その度に傷つき、そしておろおろする芭子の姿が何とも切ない。
「音道貴子」のシリーズでも見せた、乃南アサの巧さが光る描写である。


犯罪者に報いは当然、刑罰はその最小限を形にしたものでしかない。
だから、服役を終えたからといって、
大手を振って歩いていいという理屈は、正直認める気もない。
だが、行いを悔いて、その報いをひしひしと感じながら、
世の中の冷遇に拗ねることなく頑張る
芭子や綾香の姿には、やはり涙が出てしまいそうになる。
これからの展開がどうなるか、やや難しい気もするのだが、
読み続けてみたいな、と思う、そんな新シリーズなのでもあった。


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