永瀬隼介「退職刑事」

mike-cat2007-08-17



〝刑事。その特殊な職業人は、退職しても普通じゃない!〟
閃光 (角川文庫)」「19歳 一家四人惨殺犯の告白 (角川文庫)」の著者最新作。
〝警察を追われた悪徳刑事の夢、
 不思議な神隠し事件の解明に執念を燃やす引退した老刑事。
 様々な事情を抱え、職を辞した刑事たちに訪れる“人生最後の事件”。〟
刑事という人生、その終幕にスポットライトを当てた、異色の短編集。


表題作「退職刑事」は、
県警本部のマル暴から定年退職した悪徳刑事の物語。
ヤクザと抜き差しならぬ関係になってしまった現役時代の所業が祟り、
定年後の職場すら手配されなかった、孤独な刑事のもとへ、
美人局に引っかかり、泣きついてきた息子が訪れる。
地方の名家に生まれ、〝家〟に取り憑かれた悲哀、
谷崎潤一郎「瘋癲老人日記」に魅せられる、黒い情欲…
ざら〜りとしたエグみが後々まで残る、よくも悪くも印象的な一編だ。


「レディ・Pの憂鬱」は、その厳しい指導方針から、
レディ・パーフェクトと呼ばれたベテラン女性教師のもとを、
その教え子でもあった息子を亡くした刑事が訪ねる、という設定。
息子の死をめぐる、手に汗握る攻防に隠された本当の狙いとは…
読み終えて、思わず凍りつくようなプロ魂を感じさせる一編だ。


「帰郷」は、警視庁の刑事の職を辞した男の帰郷を描く。
待っていたのは、中学野球部時代のチームメート、
そしてかつての恋人をめぐる事件。
20年前の甘酸っぱい思い出とともに、
つぶやく言葉は「三十六歳。死ぬにはいい頃合いだ」
ほろ苦い、というか、切ないというか…
何ともいえない結末が、複雑な余韻を残す。


神隠しの夜に」は、
5歳の娘が忽然と姿を消した23年前の事件を追う老刑事の物語。
田舎町に渦巻く黒い闇に隠された、恐るべき真相…
柳田国男「遠野物語・山の人生」をモチーフに、
寒村の悲劇を情緒たっぷりに描き出す。


そして最後の「父子鷹」は、県警に伝説を轟かせた父子鷹刑事の物語。
3代目の不始末を穏便に処理しようとする刑事と、
不肖の息子を恥じる2代目の虚々実々の激しいやりとりを描く。
一見まともに見える人間に宿る、隠された狂気に戦慄が走る一編だ。


以上5編は、傑作という言葉とは相容れないかもしれないが、
いずれも、刑事という職業人に染みついた、どぎついまでの黒さが異彩を放つ。
これを以て、刑事人生の何たるかを語るのでは、
あまりに刑事の職に就かれている方々、就かれていた方々に失礼だが、
そのくらい過酷な現実に向き合わされる職業なんだろうな、とは想像できる。
何となく手に取って読んでみたのだが、なかなかどうして、悪くない1冊だった。



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