コニス・リトル「記憶をなくして汽車の旅 (創元推理文庫)」

mike-cat2007-08-14



〝わたしは誰? 終点は?〟
シドニーから、パースへ…
オーストラリアの大陸横断鉄道を舞台に、
記憶をなくした?わたし?が辿る奇妙な旅。
〝オーストラリア横断列車はおかしな乗客と怪事件でいっぱい〟
アメリカ人女優、莫大な資産、そして謎の婚約者に殺人―


〝発掘! 鉄道ミステリの傑作〟とある。
原題は〝Great Black Kanba〟。
アボリジニが広大なブッシュが広がる平原を走る汽車を、
「大きな黒い蛇<カンバ>」と呼んだことに由来する、とのこと。
発表は1944年。ちなみにコニス・リトルとは、
コンスタンスとグウィネスの姉妹による共同ペンネームで、
〝黒い〜〟というシリーズを何作も書いているという。


オーストラリアを横断する列車の中で目覚めた〝わたし〟。
だが、自分が誰で、なぜここにいるのか、まったくわからない。
どうもクレオバリスターというアメリカの女優だという
連れの女性はけがをして、病院に担ぎ込まれたとか。
まだ会ったことのないおじたち親戚とともに、これからパースまで向かう途中で、
これまた会ったこともない婚約者まで登場、
しかし、旅は次第に波乱含みに…


記憶をなくした主人公が巻き込まれる、珍騒動―
プロットとしては、唯一無二ではないが、なかなかにそそる設定だ。
最初は何もわからない状態で戸惑っていた主人公が、
次第に記憶を取り戻したら取り戻したで、また謎が深まり、
まだ欠落を残した記憶がもたらす心理的不安も面白い。
その中途半端な記憶がまた、二転三転のツイストを生む。
この部分に関しては、かなり楽しめる小説だと言っていい。


ただ、ユーモアミステリとしてのもう一つの柱である、
ユーモア部分に関して、となると、なかなか微妙な面もあるのだ。
笑いの中心となるのは、言い間違いなのか、なまりなのか、
やたら周囲の人間に発音を直されてしまう資産家のジョーおじさん、
そして、州を越えるごとにレールの規格が変わり、やたら乗り換えをさせる大陸横断鉄道や、
お茶の風習に淑女のたしなみなどに関する米豪文化の違いなどである。


このあたり、当時のオーストラリアの雰囲気を知らないと、
正直ちょっとよくわからないような気がするのである。
ビクトリア州の田舎町セイルをからかう場面も、
かなり多く登場するのだが、そこらへんの事情に通じていれば、
もっともっと面白いのだろうな、と思うことばかり。
ロマンス的な部分も、それに関係してややわかりづらいので、
終盤に向け、いつの間にそういう話になったのか、うまく伝わってこない。


おそらく、面白いヒトにはたまらなく面白いのだろうと思う。
ただ、オーストラリアには行ったことこそあっても、
さほど歴史や文化、風習などに触れることなく終わってしまった、
凡庸な読者には、あまりその魅力に近づくことはできないようだ。
作品全体に漂う、のどかな雰囲気は悪くないだけに、
何だか悔しいな、という思いを残し、本を終えたのだった。


Amazon.co.jp記憶をなくして汽車の旅 (創元推理文庫 M リ 5-1)